2010年10月26日火曜日

1970、NewYork City 「西97丁目」の思い出(Ⅱ)・下宿屋の女主人、エセル



(ニューヨークのアパート)
それにしても今夜のエセルは静かだ。

このアパートへ来てしばらくの間は彼女が喘息持ちだとは知らなかった。

ましてや深夜に激しく咳き込んで下宿人を悩ますなどとは思ってもみなかった。

もしそうだと知っていたのなら、月百五十ドルの下宿代をもっと値切っていたはずだし、さもなくば部屋の防音をもっとよくチェックしたはずだ。

エセルの寝室は壁ひとつ隔てたすぐ隣にある。

壁はそこそこの厚みがあり声や物音が筒抜けになるという訳でもないが、リビングルームに面して隣り合わせて並んだドアの隙間から迂回してくるものが意外と大きい。


辺りのただならぬ気配に目を覚まさせられたのは、越してきてから一週間経つか経たない日の深夜であった

目を覚ます前、夢の中で人が咳き込んでいるのを長い間聞いていて、そしてその音がドアの方へ移動して一段と大きくなったところで目を開けて起き上がった。

リビングルームの方からエセルが激しく咳き込んでいるのが聞こえた。

断続的な咳の間には、苦しそうな呻き声も入っていた。

これはほっておけない。

そう思ってベッドを抜け出してリビングの方へ歩いていった。

中へ入るとソファに座って激しく咳き込んでいたエセルがチラッとふり向いたが、またすぐうつむいてゴホンゴホンと咳き込んだ。

「どうしたのエセル、だいじょうぶ?」

そう聞きながら、とりあえずこの場合は背中でもさすってあげるしか方法はないと思った。

女性とはいえ、だらりと肉がたるみ、ぶよぶよとした老女の背中をさするのは決して心地よいものではなかった。

アメリカへ着いて早々、しかもこんな深夜に、いったいなんたることだ。

眠くてたまらない眼をこすりながら私は胸の中でそうつぶやいた。

でも仕方ない。この家には家主であるエセルと私のほかには誰も住んでいないのだから。

しばらくの間背中をさすり、それからキッチンへ行ってグラスに水を汲んできて、それを飲ませたりしていると、激しかった咳も次第に治まってきた。

少し楽になったのか、ゆっくり私の方を見たエセルは、ややすまなそうな表情で「サンキュー」とだけ言うと、飲みかけのグラスを持ってまたベッドの方へ戻っていった。

時計はかれこれ午前三時をさしていた。

その夜以来、この日までの四週間にエセルの咳が安眠を妨げたことは何度もあった。

妨げないまでも、ゼーゼーという音は深夜を問わず四六時中続いていて、耳障りなことこの上なかった。

正直言って大変な所を下宿屋として選んだものだと後悔した。

そして、できることならどこか他へかわりたいものだと、次第に切実の思うようになっていた。

それにしても今夜のエセルは静かだ。

この分だと、どうやら朝まで咳の発作は起こりそうもない。

ひと月も一緒にいると、なんというか気配でそれがわかる。

そう考えながら次第にまどろみの中へ入っていき、やがて深い眠りへと落ちていった。

                                          to be continued

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