2010年12月28日火曜日

亡き母へおくる花束とメッセージ


お母さん、美奈子姉さんから連絡が入ったのは仕事から帰った直後の12月27日夜8時ごろでした。

「お母さんがついさっき息を引きとった」と。

お母さんにはつい四日前に会ったばかりでしたね。

でもあの時はもう言葉も喋れず、食事も出来ず、お医者さんも「もう長くはなく今日明日が山場でしょう」と言われていました。

でもあれから四日間も生きるために「最後の頑張り」を見せたのですね。

そして今夜精魂尽きてついに息を引きとり、永眠という安息の地へと向かったのですね。

つい二ヶ月前には「白寿の会」で20人以上の親族に囲まれて、にこやかに微笑みながら皆に向かってはっきりと話しかけていたお母さん。

でもあれが貴女の最後の晴れ舞台だったのですね。

写真に写っているあのときのポーズと笑顔はとても99歳とは思えないような、まさに一世一代の名演技と言ってもいい実にすばらしいものでした。

お母さん、貴女は生涯を通して自分に正直に生きた人でしたね。

他人に媚びず、おもねず、自己の信ずることをはっきり主張した人でした。

明治生まれの女性らしく気骨のある筋の一本通った人でした。

はっきり言って結婚運は良いとは言えず、経済的にも恵まれない人生でした。

でもその不遇を嘆くことなく強く生きてこれたのはあなたが持ち合わせた輝くばかりの「知性」です。

そのことはきょうだい全員がよく知っています。

お母さんは活字をこよなく愛し、読書が好きでした。

それに新聞には毎日くまなく目を通し、これはと思った記事は全部切り取って収集し、折を見ては子供たちに送ってくれましたね。

その切り抜き記事ことごとくは僕たちに勇気と強い感銘を与えてくれました。

お母さん、僕はあなたから貰った「つれづれの記」という2冊のノートを持っています。

このノートは、より「知的」に生きようと努力してきた言わば貴女の「知性の凝縮」です。

僕はこれを本にするつもりです。

そして親族に配布して、「知的」に生きてきた貴女の証として末永く残すつもりです。

お母さん、貴女の大切にしてきたものは、できたらこの僕が引き継いでこれからも大切に育んでいきたいと思っています。

ですから「やり残したこと」があるなどとは思わず、どうか安心して安らかに眠ってください。

最後になりましたが、貴女に「花束」と大好きだった「渡辺淳一」の本をおくります。

                                         生前は至らなかったあなたの息子「庸夫」より

2010年12月27日月曜日

あなたは何故「血液型占い」を信じるのですか?・The character fortune-telling by blood-type is nonsense.


国別血液型比率(単位%)
                                                   O   A    B   AB
アメリカ                                      45     41    10     4
メキシコ                                     84     11      4     1
ブラジル                                    48     39     10     3
オーストラリア                            47     40     10     3
イギリス                                     47     41       9     3
フランス                                     43     45       9     3
ドイツ                                         38     43     13     6
イタリア                                      45     40     11     4
ハンガリー                                 30     43     19     8
ロシア                                        32     28      31     9
イラク                                         35     31      26     8
パキスタン                                 31     25      34   10
フィリピン                                   45     26      24     5
ケニア                                        49     26      22     3
中国(華中)                               35     32      26     7
韓国                                          27     32      30    11
日本                                          31     38      22     9

インターネット検索「国別血液型比率」参照

まず上の表を見て欲しい、

これを見ると分かるように血液型は国民によって「型」の比率は大きく違ってくるのである。

例えばメキシコでは「O型」が他の国より抜きん出て多く、実に84%という高い比率を示しており、その反面「AB型」はほとんどないに等しい1%という世界一低い比率になっている。

また日本だとこの血液型の人は頭がいいと言われている「AB型」が欧米諸国ではかなり低いのがわかる。

さらに隣国同士とはいえ、日本と韓国ではすべての型でかなりの違いが見られる。

こうした点を踏まえて考えてみて、日本で人気を博している「血液型占い」というのは果たしてどうなのだろうか。

もし血液型占いが当たるのならこれを当てはめることによって全世界の国民の性格はほとんど掴めてしまえるではないか。

そしてこの方法を使うと全世界の何十億人の性格をわずか4種類のパターンに分類できるのである。

まさかそんなことで納得する人が世界のどこかにいるというのであろうか。

それに先ほども言ったように欧米人は「AB型」が少なく、この占い流に言えば「賢い人が少ない」ということになるではないか。

そんなこと言ったら欧米人は怒りますよ。

およそ血液型占いほど「ナンセンス」なものはない。

日本だけに限って考えてみても約1億2千万人もの人をわずか4種類のパターンに分けてしまうこと自体が乱暴で馬鹿げたことなのだ。

それが証拠にまず自分の親兄弟を見て欲しい。

例えば私は7人きょうだい(現在は5人)で同じ血液型の者もいるが皆みごとにその性格を異にしていて誰一人として私に似た性格の持ち主はいない。

わずか一家族の兄弟でさえこういう状態であるというのに、どうして1億2千万人の国民全体を4種類のパターンに分けられると言うのだろうか。

一般的にアメリカ人には血液型を知らない人が多いらしく、必要がない限りあえて知ろうともしないらしい。

したがってそういう状況では「血液型占い」自体存在する下地がないので、信じる信じない以前の問題である。

アメリカ以外でも「日本の若い女性」のように熱狂的にこの占いを支持する国など(アジアの数国を除いて)世界のどこにもないのである。

どうか何かにつけて相手の血液型でその性格を知ろうとする若い女性の方々は、もう一度その根拠をよく考えてみて欲しい。

でなければアメリカなどへ行って「血液型占いの話」などしたら馬鹿にされて笑われるだけですよ。

2010年12月23日木曜日

My Blog 「生涯現役日記」・2010年度アクセス数ランキング(Best 10)

本年6月23日にスタートした私のブログ「生涯現役日記」ですが、おかげさまで12月末をもって半年が経過し、記事の数も130件を越えるにり到りました。

この半年の間に国内、海外を問わず多くの方々にアクセスしていただきましたが、本日のブログではその中から「アクセス数」上位10位までのものをご紹介させていただきます。

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1位  身近な商店街にもシャッター通りの兆しが(2010/08/15)

(コメント)
仕事帰りによく神戸元町通り商店街を歩くことがあるが、6丁目の人通りの少なさとシャッターの閉まった店が多いのが気になってある日1丁目から6丁目までのシャッターの下りている店舗の数を数えてみた。

2位  危険率「1対15」日本とアメリカの警察官の給料「3対2」の現実(2010/11/05)

(コメント)
1年ほど前インターネットでアメリカ「労働省」のホームぺージで偶然に公務員の賃金水準を見たことがあり、その記憶がよみがえってきてこのブログを書いたのだが、人気になったのはなんと言っても日米の警察官の危険度の大きな差について読者が興味を持ったからであろう。

3位  ブログ投稿数でわかるアジア国別「英語力ランキング」(2010/07/17)

(コメント)
ブログを始めて間もない頃の記事だが、アジアのリーダーを自認する日本人としては、やはり他国の英語力はとかく気になるものである。
なおこの記事には年末に入ってから海外(特にマレーシア)から多くのアクセスがあったようだ。

4位  騙されやすい日本人(2010/09/16)

(コメント)
イタリアでの日本人が遭遇した連続2件の詐欺事件は地元でも大きく取り上げられ観光大臣が陳謝したぐらいであった。

5位  海外で大人気の日本の中古商用車・でも急激円高で今は輸出が小康状態(2010/10/09)

(コメント)
中古車輸出関連業界に長く従事していたので内情については明るい。再度これに関連したブログを書くつもりである。

6位  How is your sexlife?性生活に力点をおかない日本人の生活スタイル(2010/10/23)

(コメント)
よく見ることのあるネットの「社会実情データ図録」で他の参考データを探しているとき、偶然今回のテーマについてのグラフが目に留まり、おもしろいと思い記事にした。それにしてもこのことに関しては欧米との差がこれほどとは思ってもみなかった。

7位  インターネットは「モノの価値」を奪うのか?
(2010/07/12)

(コメント)
この記事は今でも600枚ほども持っている音楽のCDを最近まったくといっていいほど使っていないことに気づき、原因を考えていたときこのブログタイトルを思いついた。

8位  ハローワークは進化した(2010/11/16)

(コメント)
家から近いこともあってハローワークにはよく行く方だが、なんと言っても最近のパソコンによる仕事検索は早くて便利だ。それに以前と違って職員の対応も丁寧で親切である。

9位  いつまでも喜んでばかりいられない「長寿世界一」(2010/07/09)

(コメント)
かねてより、なにかにつけてわが国の長寿について自慢げに語る人が多いことについて疑問をもっており、そうした安易な風潮に一矢を報いるためにこれを書いた。

10位  書店の寡占化・ここまで進んでいいのだろうか
(2010/10/15)

(コメント)
いつも通っている「みゆき通り商店街」にかつては7店もあった書店がすべて消えてしまったのはなんとしても残念である。
その無念な気持を大手書店の寡占化批判という形で記事にした。

次点   デパートの「忘れ物市」・その商法に疑問(2010/08/26)

(コメント)
大阪の地下鉄車内で梅田のデパートで開催中の「忘れ物市」の中吊り広告を見た。
以前から興味を持っていた催しものなので、さっそく帰途その「市」によってみた。
ところがどうだろう。
大々的に宣伝している割には大きな期待はずれで、さらに「市」そのものが本来の意義を逸脱した言わば「看板に偽りあり」的なまやかし商法?に見えたのだが・・・。

2010年12月22日水曜日

古くないのか「履歴書」の書式・米国の「レジュメ」とはどう違うのか?


自慢できることではないが転職が多かったせいか履歴書だけは沢山書いてきた。

でも50歳を過ぎた頃の転職の際には「なんでいまさら履歴書なんだ」とわが身の職業運のなさを嘆きながら泣く泣く書いたものだった。

それはともかくこの履歴書だが書くたびに思うことがある。

それは旧態依然としたそのフォームについてである。

今や世の中の就職事情は大きく変わってきていて、ひと昔前に比べて転職の機会も多くなり、人々がこの書式に接触することは以前に比べて随分増えているはずである。

しかもノート類を始めあらゆるステーショナリーグッズが随分進化してきている中で、この履歴書の書式やデザインと言えばいつ見ても同じでまったく変わり映えしないのである。

それだけではなく、職歴の多い年配者にとっては昔と同じだと行数が足らなくなったりして不便さを感じることさえあるのだ。

だいいちどうして学歴蘭に小学校から書かなければいけないのか。

書くにしても最終学歴か、あるいはその一つ前ぐらいからで十分なのではないか。

もっとも私のような転職の多いものは学歴をすべて書くと行数がたらなく可能性があるので、50歳を過ぎからはすべて中学校からしか書いていない。

それに自慢じゃないがこの年まで長い間職業人生を送ってきた身としては強くアピールしておきたい得意分野も一つや二つはあるのだ。

しかしそういうことを書く欄が今の履歴書にはないのである。

まあ裏面の一部にそれらしき欄はあるが、真っ先に売り込んでおきたい事柄を裏面に書くのはいかにももの足りないのである。

できれば氏名・名前・住所の次に真っ先にもってきたい事柄なのである。

現にアメリカなどで使われている「レジュメ」には、こうした大事な事項を書き込む欄はトップに置かれているではないか。

それは当然ではないか、雇う人、雇われる人にとって最も重要な事柄であり、真っ先にこれを書くのはすごく当然であり、また合理的なことでもある。

にもかかわらず日本の履歴書にははっきりそうしたことを書く場所すら指定されておらず、もし書いたとしても裏面にお義理程度の短いものしか書けないようでは、採用側の判断材料には何の役に立たないのではないだろうか。

もっとも最近では履歴書の他に「職務経歴書」を求めるところも多くなっているが、それでは求職者にとって煩わししく、履歴書一本にそうした項目をまとめるべきなのではないのだろうか。

いったい履歴書の発売元はそんなことも気づかないのだろうか。

書式的に不備なところが多い日本の履歴書は早急に欧米のレジュメのような理にかなったものに改良すべきである。

2010年12月20日月曜日

金券ショップ・「電車乗車券」安売りの不思議

通勤で定期券を利用する人を除いて、都市圏に住んでいてたまに電車に乗る人の中で「金券ショップ」の安売りの乗車券を利用したことがない人が果たしているだろうか。

いま都市圏の駅の近くには必ずと言っていいほど多くの「金券ショップ」が軒を連ねている。

そしてそこではJRをはじめあらゆる私鉄の乗車券が駅の券売機で買うより安い値段で売られている

私がいつも乗車するJR姫路駅の近くにも大きなショーケースを備えた立派な店舗の「金券ショップ」が五つもある。

そしてそれらのどこの店でも各種のチケット類が入ったショーケースの上には商品名と価格が書かれたた縦書きの多数の「タンザク」が所狭しと貼ってある。

例えば『姫路⇔大阪「昼得」2300円』というふうにである。

乗客にとっては電車賃が安いのは喜ばしいことに違いない。

しかし私はこうした店を目にするたびにいつもこの安い乗車券について疑問がわいてくるのである。

その疑問というのは

なぜこうした「割引価格」の安い切符を売って利益をあげることが出来るほどの「大量の乗車券」を調達することができるのか」ということなのである。

もちろん一部のチケットは回数券を購入してそれを「ばら売り」しているのだと思う。

しかしその方法だと利益は10枚売っても1割以下しか出ないはずである。

つまり先ほどの「姫路⇔大阪2300円」の場合だと24000円投入して11枚つづり券を仕入れて、それを一枚づつ11回販売して25300円になり、そこでやっと1300円の利益が得られるだけなのである。

この場合のように比較的単価が高いものでさえ11枚さばいて利益は6%ほどしかないのである。

しかも乗車券は何も高いものばかりではなく往復でも500円前後というのも多いはずである。

当然そうした近距離の安いチケットの場合は、先ほどの「姫路⇔大阪」ほど利益は多くないのである。

この例で分かるように素人考えでは決してそれほど旨みのあるビジネスではないように思われるのだ。

でも実際に多くの店が長い間営業を続けているのである。

もちろんこうした店は何も電車の乗車券だけ扱っているわけではない。

デパートの「商品券」、クレディット会社などが出している500円や1000円単位の「金券」さらには「株主優待券」「テレフォンカード」「ビール券」などなど商品のレパートリィーはなかなか広い。

最近ではJRが年3回出している人気商品の「青春18切符」の端数売りまで登場している。

端数売りとは本来は5回乗車分で11500円なのだが、5回分すべて使わなかった人が残した分を金券ショップに持ち込むのである。

そうしたものが例えば2回分だと4500円程度で売られていて、多く回数を必要としない人にとっては非常にありがたいものである。

話は少し変わるが、少し前「大阪市営地下鉄」の大量の「乗車パス」が特定の業者に「横流し」されていて、それが「金券ショップ」に流れているということがテレビで報道されていた。

その量というのが半端ではなく、金額にして何億円にも及ぶのである。

こうした例にもみるように、金券ショップの商品調達は決して乗車券の回数券購入や、客が持ち込むクレディットカードで購入した(あるいは不要な)商品券や金券などの買取だけでなく、

そうした「横流し」などによる「大口持込」がそうとう貢献しているのではないだろうか。

そうでなければ決して「大量で安定的な商品の品揃え」をもってビジネスを続けていくことは困難なのではないかと思える。

時々行くことのある大阪駅前地下街(特に駅前第一ビル、第二ビル地下)のおびただしい数の金券ショップが並んだ光景は見ていて壮観でさえある。

そうした店の数は一向に減る様子はなく、店先にはいつも客があふれ活況を呈している。

安いチケット類を手に入れることが出来る庶民の立場としては正当な商法での末永い存続を願う次第である。

2010年12月19日日曜日

12月の夜は明るい・日本各地で「光の祭典」大盛況・年の瀬トピックス(3)


神戸ルミナリエ

仙台「光のページェント」

日本の12月の夜はいったいどうしてこんなに明るくなってしまったのだろう。

このところ「地球温暖化防止」のために盛んに叫ばれ続けてている「省エネ運動」にまるで逆行するように、

大量のエネルギーを消費する「光の無駄遣い」とも思えるこうした「光の祭典」と称するショーがなぜ全国いたるところで開催されなけれはいけないのだろうか。

そもそもこうした「光の祭典」の発端はいったい何であったのであろうか。

考えられるところでは、12月は「クリスマスシーズン」でそれを彩るための最大の「デコレーション」である「クリスマスツリー」に次第に派手な電飾を施したものが多くなってきた。

それに年末商戦のための商店の飾り付けも派手になり、商店街などもいろいろ工夫を凝らした「電気による装飾」を取り付けるようになってきた。

そうしたアイデアが次第に発展していき街そのものを電飾で彩る発想が出てきた。

まあこうしたことが第一の理由だと思うが、それに輪をかけたのが震災の後で開催されるようになった神戸の「ルミナリエ」である。

震災で「意気消沈した市民を励ます」目的で開催された大規模な光の祭典だが、外国の技術を取り入れたせいか、これまでの日本には例を見ないような見事な「光の芸術」であったのだ。

これには市民に限らず多くの人々が目を見張ったものだ。

これが現在の日本各地で「ワンサワンサ」と繰り広げられている光の祭典の大きな「火付け役」になったのは間違いない。

規模の大小に関わらずいまこうした「光の祭典」を催している都市は実に全国で数十ヶ所にも及んでいるそうである。

代表的なものといえば、神戸ルミナリエを除いては、仙台の「光のページェント」 東京丸の内の「光の祭典」 大阪中島の「光の祭典」などがあるようだ。

まさに「猿まね日本」ここにありという感すらする。

本来の意味でクリスマスを祝う欧米の国々でのこうした伝統は古くからあるようだが、そうでない日本でのこうしたフィーバー振りはやや場違いの感はしないだろうか。

それはそうとして、この無駄とも思える電気の大量消費につながる「光の祭典」は、昨今の「地球温暖化防止」のための「省エネ運動」がようやく定着し始めた矢先のことでもあり、そうしたことにまるで水を差しているような行為であり、このところ「省エネグッズ」まで紹介してその運動を推進している「関係官庁」はいったいどう考えているのだろうか。

普通だとこうした異常とも思えるブームを少しは牽制するような動きに出てもいいと思われるのだが。

何はともあれ神戸の「ルミナリエ」のようなそれなりの意味をもった「光の祭典」はいいとしても、単に見世物として観光客を呼び込むだけの目的のこうした「ショー」はいいかげんにご免こうむりたいものだ。

2010年12月18日土曜日

日本より安い!アメリカの「食料品価格」



スーパーの食品売り場

若い頃ニューヨークに在住していた私は、日本と比べて随分安い食料品には大いに助けられたものだ。

でもどうやら今でもその事情はあまり変わっていないらしい。

下に記したものはある「日本人留学生」がアメリカのスーパーで15ドル(今だと日本円1250円位)遣って購入した食品のリストである。

1. お米(1袋2.27kg×2袋):3.34ドル

2. 牛ひき肉(1パック約1150g):2.52ドル

3. ポテトチップス(1袋約400g×2袋):3.49ドル

4. きゅうり(1本50c×2):1ドル

5. なす (特大で普通の3倍以上の大きさ):2ドル

6. じゃがいも(4つで約1.5kg):1.27ドル

7. グリーンオニオンという名の日本で言うワケギのような野菜(1束50c×2):1ドル

この中には例えば「牛ひき肉」のように賞味期限切れが近く通常価格より4ドルも安いものや、一つおまけのついたポテトチップスなども入っているそうだ。

そういうことを割り引いてみても、日本でこれだけの物を買うと果たしていくらするであろうか。

どうひいき目にみても同じ金額では安物の「お米」二袋買うのが精一杯なのではないだろうか。

なんと言ってももアメリカは「お米」が安い。

普通に考えれば「パン食」が主流のアメリカにおいてはお米の消費は少ないだろうし、日本よりむしろ高くて当然と思われるのだが、それがまるっきり逆でこれだと日本の約「五分の一」以下の価格ではないか。

果たしてこれはアメリカが安すぎるのか日本が高すぎるのか?

日本以外のアジアの国でも大体アメリカ並みの値段で売られているようだし、やはり日本の値段に問題がありそうだ。

でもなぜだろう、今でもわが国では一応主食としての米の位置付けは変わってないし、国本の消費量は諸外国に比べてもかなり高いはずなのに・・・。

その理由を探ってみても、アメリカの耕地面積を云々する以前にわが国の食料政策の欠陥によるもの以外は何も考えられない。

世界の大国であるアメリカの食料品の価格がこうであるなら、日本以外のアジア諸国の食品の値段は一部の国を除いて当然これ以下であることが推測される。

このところ「年金生活者」をはじめ日本から生活の拠点を外国に移す人が増えていると言うが、その最大の理由は生活費の軽減にあるのだと思う。

他のものはさておいて、生きていく上で欠かせない食料品が安いということは最大の魅力であるに違いない。

日本は今空前の「円高」である。

もちろん輸出産業には大きな痛手だが、その反面輸入産業は大変潤っているのではないだろうか。

食品産業は「小麦粉」や「大豆」のメイン商品をはじめ輸入に頼っている品目は多いはずである。

当然利益が大きくなった品目は価格に反映されなければ行かないはずだ。

でも最近の食品価格を注意深く観察しても、そうした様子はあまり伺えない。

「関係官庁」はこういうときこそ価格によく目を光らせながら適正価格を推進していくように努めなければならないのではないだろうか。

せめて「食料品」ぐらいは大国アメリカよりは安くあって欲しいと思うのは私だけであろうか。

                 Gooブログ「米国大学院貧乏留学生の日記」参照

2010年12月17日金曜日

1970 NewYorkスタットラーヒルトンホテルの「社員就業規則」・「西97丁目の思い出」番外編(2)


(旧)スタットラーヒルトン
(現)ホテルペンシルベニア

ヒルトンの就業規則

日本でもある程度社員数をもつ会社だと「就業規則」というものがあるのが普通である。

この就業規則、内容的にはまあどこでも似たようなものであると思うが、内容の如何を問わず社員たる者は当然それに従うことを義務づけられている。

ニューヨークにやってくる前にはそんなこと少しも意識していなかったのだが、やはりスタットラーヒルトンホテルにもそれはあった。

2000室もの客室数を誇るこの巨大ホテルには約700人ぐらいのスタッフが働いていたが、それら従業員の出身国は多種多様であった。

もちろん白人が一番多かったのだが、白人と言ってもネイティブのアメリカ人ばかりでなく、短期移住者のイタリア人とかドイツ人または北欧からの人も多く交じっていた。

その次に多いのはなんと言っても黒人で、これはほとんどがアフリカ系アメリカ人で、その多くはマンハッタンに近いブルックリンやクイーンス地域に住んでいたようである。

中にはマンハッタンのアップタウンのかの有名なハーレム地区に住んでいる人たちもいくらかいたようだ。

ある朝「How is your sexlife?」と大胆に問いかけてきて私を「ドギマギ」させたあのフロントオフィスの同僚「ミス・スーザン」も「130丁目」あたりのハーレムのアパートに家族と住んでいた。

このように多くの民族が混在しているニューヨークにあっては、異文化で育った人々の集まりだけに共通の意識を育てる意味でも、単一民族の日本など以上にこうした「社員就業規則」というものが必要になってくるのではないだろうか。

言うならば、それぞれが育った文化によってその「社会規範」であるとか「常識」とかがおのずと違ってくるであろうから、それを超越した「共通のルール」はなくてはならないものではなかろうか。

上に掲げてあるのは「スタットラーヒルトンホテル」の社員就業規則である。

全体の内容としては日本の会社のものと大きな違いはない。

ただやはりここでも欧米特有の[性悪説]にもとづいた、違反行為がなされることを前提とした 規則が多いようである。

資料の保存状態が悪く、コピーにもはっきり移ってないのは恐縮だが、例えば第一番に挙げられているのはタイムカードの問題である。

ここには「意図的に他人のタイムカードを打刻してはならない」というような意味のことが書かれている。

こうした違反行為についての項目が真っ先に挙げられているというのは、つまりこうした行為が日常的にアメリカの「会社社会」に蔓延していることを認めた上で、それに対して警鐘を鳴らしているに他ならない。

それ故に真っ先に挙げることによって強く社員を牽制し、喚起を呼びかけているのである。

日本のものだとこうしたことが項目のトップにくることなどとうていあり得ない。

やはりアメリカにあって最大の都市ニューヨークに出稼ぎに来ている百戦錬磨の「抜け目のない連中」を相手にするには、このような「先制パンチ」も必要なのではないかと外国人の一人として、私はそのことを強く感じたのである。

2010年12月15日水曜日

玄関の鍵、お宅は「シングルロック」?・それとも「ダブルロック」?

最近おもしろい本を読んだ。

それは「双葉社」という出版社から出された「職業ドロボー・年収3000万円」という新刊書である。

内容は7年間の刑期を終えて最近出所してきた長年「ドロボー」を稼業としてきた男の手記である。

この本にはドロボー目的で侵入した先の家の「玄関の鍵」についていろいろと書かれているのだが、沢山ある鍵の中で一番開けやすい(ピッキングしやすい)のはM社製の鍵穴が「縦」になっているものだそうだ。

古いマンションや公団などの集合住宅はこの鍵をつけているところが多いという。

ふだん鍵の形状などにはまったく無頓着の私ではあったが、これを読んだあとで、その「古いマンション」という指摘が大いに気になりさっそく築30年の我が家の玄関の鍵を確認してみると驚くなかれ、まさにそのM社の縦穴式のものであったのだ。

これを書いた「元ドロボー氏」によるとこの種の鍵ならわずか3〜4秒で開錠できるという。

そんなことを言われては、その鍵をつけている家の住人としては大いに不安になり夜もおちおち眠れないではないか。

だいいちこれに対して、その鍵のメーカーは果たしてどう対処するのであろうか。

少なくともテレビでも使って「鍵の付け替え」ぐらいは呼びかけて注意を喚起しなければいけないのではないだろうか。

話しは少し変わるが、鍵については私には忘れられない思い出がある。

それは二十代終りにニューヨークで生活していたときのことである。

当時私はある高齢のアメリカ人女性が所有する古いアパートの一室に下宿していたのだが、そのアパートの入口のドア—には見るからにいかにも頑丈そうな鍵が二つ付いていた。

いわゆる「ダブルロック」と言われるものである。

一階の玄関にも大きな鍵が付いているのにどうしてドアに二つもの鍵が必要なのだろうかと最初は不思議に思ったものだ。

でもあとで「マンハッタン西97丁目」というそのアパートのある地域は住人に下層階級の人が多く、そのため治安が悪く犯罪がたえないそうで、当然ドロボウや強盗も多く、それを防ぐ為のダブルロックだったのだ。

出入室の際の鍵の開け閉めは手間がかかるが、仕方のないことなのだと女主人は私に話してくれた。

そういった経験があるだけに、帰国した後の日本ではそうしたダブルロックをあまり見ることがなく、ニューヨークを代表とする米国と違って犯罪が少なくて安全な国であることをあらためて気づかされたのであった。

しかし今回この手記を読んで、今では決してそうとも言えなくなったきているとも感じてきた。

この「元ドロボー氏」はドアロック以外にも「ドアスコープ」のことにも触れていた。

普通「ドアスコープ」というのは外側からは中を覗くことは出来ないのだが、「リバースドアスコープ」という道具を使えば簡単に内部を覗くことが出来るのだそうだ。

これは外出から帰ってきた際などに、我が家に異常がないかを外から確認する為のツールだという。

特殊なレンズを使って作られているもので、値段は3万円以上と少し高いが通信販売などで簡単に購入できるらしい。

「元ドロボー氏」の話はさらに進んで、次は他人のクレディットカードのスクリーニングについても書いていた。

スクリーニングとは盗むのではなく隙を見て他人のクレディットカードを抜き取ってスクリーニング(種別や属性などの抽出)し、それを使って偽のカードを作るのである。

それにかかる時間は「わずか数秒」でしかないという。

でもスクリーニングに成功したからと言って、すぐにはそのカードを使わずに、カードの使用状況を通して所持者当人の生活スタイルをジックリ観察して、消費パターンを知った上でゆっくりとより効果的に使用するのだというなかなか知能犯ぶりを示しているのである。

最後になるがこの本で最も人々の「教訓」になると思う点を書いておく。

それはこの「元ドロボー氏」があるクラブで酒を飲んでいたときのことである。

少し離れた席でいかにも羽振りのよさそうな中年男性客がホステス相手に話していた声が偶然耳に入ってきた。

何げなくそれを聴いていると、その客は「明日から5日間ほど家族全員でハワイ旅行に出かけることになっているので準備の為今日は早く帰らなければならない」と言っていた。

それを聞いて「元ドロボー氏」は思った。

「家族全員で家族旅行」ということはその間家は無人になるわけだ。見たところ金回りのよさそうな客である。

「よし、後をつけて行って家の場所を突き止めよう」

その後店を出た「元ドロボー氏」はタクシーでその客の後をつけ家の場所を確認した。

そして翌日その家に侵入し、数百万円の預金通帳と印鑑、それ以外にも高価な時計などを盗んで換金し、おろした貯金と合わせて実に700万円以上の収穫があったのだという。

そしてその「元ドロボー氏」はその後の警察官の調べに際してこう言ったそうだ。

「壁に耳アリ障子に目あり、外でつまらない自慢話など口外したら高くつくことがありますよ」

もっともこれについては言われるまでもなくまさにその通りであるのだが・・・。

近年は高齢化社会が進んで家にいる老人が増えているとはいえ、核家庭も進んでおり昼間無人になる家はまだまだ多いと思う。

M社製の「縦鍵穴」のキーではないが「わずか3〜4秒」で開けられて空き巣に入られ、根こそぎ財産を盗まれてしまわないように、あなたのお宅にも「ダブルロック」はいかがですか?

2010年12月14日火曜日

「発音」も聞けますよ!・ネットの英語辞典

まだ20代半ばの若い頃、私はある英単語の発音を間違えて職場で大恥じをかいたことがある。

それは血液「blood」ブラッドのことをブルードと発音してしまったのであった。

「それ『ブラッド』でしょう」と職場の後輩から指摘されたときは恥ずかしくてその場に居た堪れないほどの思いで、まさに「穴があったら入りたい」心境であった。

その後輩は海外在住の経験(その後私も経験したが)のある社内でも屈指の英会話に堪能な男であったのだ。

そうは言っても当時の私より3年ぐらいも後輩の者にさして難しくもない単語の発音ミスを指摘されたことは私にとっては屈辱以外のなにものでもなかった。

それ以来私は過度と思えるほど英単語の発音には神経質になった。

辞書を引いた時も意味だけを調べるだけでなく、それまでは怠っていた「発音記号」も必ずチェックするようになっていた。

その後「電子辞書」というものが出回ってきたのだが、私はそれが発売されるや否や、ネイティブの発音が音声で流されるものを「これはいいものだ!」とすぐさま購入したのである。

「セイコー」から発売されたもので、今も故障もせず手元にある。

でもこのところ英会話を使うこともなくなったきたので今ではそれはほとんど使っていない。

そのかわりにパソコンでは意味やスペルを調べる為「ネットの英単語検索」はしょっちゅう使っている。

そのほとんどは「google」で用は足せがる、突っ込んで調べるときは「英辞郎」などの辞書を利用している。

だが最近の利用法は意味については幅広く調べるのだが、発音には気がまわらず発音記号などはまったく無視している。

だがある日ヤフーの「英語辞書サイト」を見ていると、2種類の英語辞書が出ていて、その中のひとつ「新グローバル英和辞典」というのがあり、その検索項目の中に「この単語の発音を聞く」という「検索バー」があるのである。

これまでどのネット辞書ででもそうしたものは見たことがなかったので、私は「あれっ」と一瞬目を疑ったのだがとりあえず単語を一つ選んでその「発音検索バー」を押してみた。

すると即座に画面左に「ウインドウズメディアプレイアー」の細い映像画面が現れたと思うと「男性ネイティブ」の声によるその単語の発音が流れてきたではないか。

もう随分長い間ネットの英語辞書には慣れ親しんできていたのだが、この機能は知らなかった。
発音をチェックしない習慣がついてしまっていて、うっかり見落としていたのであろうか。

それともこれは最近開発されたばかりなのだろうか。

いずれにしてもパソコンを使う英語学習者にとっては非常にいいことであって邪魔になるはずがない。

とにかく英会話で恥をかかないためには発音は大切だ。

その後いろいろと調べて分かったのだが、今では大半のネット英語辞典で音声も聞けるようになっているようである。

念のため私が最初に見た「音声付英語辞典のサイト名」をもう一度書いておく。

それはヤフー英語辞書サイトの中の「新グローバル英和辞典」である。

2010年12月13日月曜日

外国では「毎月支給」が多いのに・日本の年金ははなぜ「二ヶ月に一度」のなのか?

そもそも人 (とくに貧乏人) には金を持ったらすぐ使いたくなる性分が備わっている。

したがって今の年金支払いシステムだと偶数月に2か月分が振り込まれるのだが、もらった側としてはつい二か月分であることを忘れてしまい、その月の内に全部使ってしまうということは大いにあり得ることだ。

そういった「危険性」をはらんでいる2か月分一括支払いという制度は果たしてどうなのであろうか。

ちなみにアメリカをはじめ世界各国では月一度の支払いというのが大勢を占めている。

では日本ではなぜ二ヶ月に一度なのであろうか。

こう質問したところで、おそらくたいした理由などは返ってこないはずである。

その応えはすごく単純で、それは単に「事務簡素化」のためだけなのでないだろうか。

しかし考えてみて欲しい。

関係官庁がもし事務簡素化のためと言うのなら、保険料支払いの方はどうなのであろうか。

もしこの方も二ヶ月に一度の支払であるのならある程度辻褄は合うのだが、こちらの方は言わずと知れた毎月の支払いである。

取る方は毎月とっておいて、払う段になって二ヶ月に一度というのはおかしいではないか。

要は単なる怠慢なだけではないのか。

年金を受け取るサラリーマンというのは、アメリカ方式の週給でもない限り、ほとんどの人が月一回の給料を受け取って生活してきていたのだ。

いわば月一回収入が入るという「生活感覚」で長い間生活を続けたきたのである。

それが「年金生活」に入っていきなり「2ヶ月に一度」しか収入が入らないとなると、生活のリズムが
狂うではないか。

そうしたリズムを狂わされた結果、先ほども述べたようについ計算に狂いが生じて2か月分の収入を一ヶ月で使い果たしてしまうということも十分にあり得るのではないだろうか。

むろんそうした人には蓄えも少ないだろうから、残り一ヶ月をどうして暮らせばいいと言うのだろうか。

生活のリズムさえ狂わされる年金の「二ヶ月一回支払」というのは「罪つくり」なシステムである。

早急な改善を望んでやまない。

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2010年12月11日土曜日

言葉も古くなる・「死語辞典」ってご存知ですか?

もう5ヶ月ぐらい前になるが、2010年7月掲載のこのブログに「プロ野球オールスター戦をいまだに『夢の球宴』と呼ぶスポーツニュース女子アナウンサー」というタイトルの記事を取り上げたことがある。

この記事を書いた意図というのは、言葉というものを最も大切にしなければならないアナウンサーという立場にありながら、

今では誰が考えても明らかな「死語」となっていると思われる「夢の球宴」という言葉をプロ野球オールスター戦の代名詞として使ったことへの批判が目的であった。

もし「オールスター戦をいまだに『夢の球宴』と言うのなら、新幹線のことを今でも『夢の超特急』と呼ばなければならないではないか」などというようなことも書いたいささか手厳しい内容の記事であった。

でも今でも間違ったことを書いたとは思っていない。

私は現在グーグルブロガーに毎日記事を書いているが、
素人のブログライターである私でさえ、こうしたことを指摘するぐらい言葉の使い方には相当気を配っているのである。

然るにプロ中のプロでるアナウンサーがそういう不手際をやっていいはずがない。

つまり言葉を使う際には、同じ意味の言葉でもなるべく相手に新鮮な感じを与える言葉、共感を呼ぶ言葉、臨場感のある言葉というふうなことをいつも考えながら選んでいるのである。

間違っても流行語や造語の類で「古くささ」を感じるものは使わないし、ましてや「死語」になっている言葉を無造作に使うなどとはとんでもないことだ。

ではその「死語」になっているというのはどうして確かめればいいのであろうか。

本日のタイトルになっている「死語辞典」で調べるのか。

死語辞典というものがネット上にあるのだから、それで調べてもいい。

でもそれだとライターとかキャスターやアナウンサーは失格だ。

死語であるか、そうでないかはあくまで自分の感性で察知しなければならない。

もしそれができないのなら言葉のセンスが疑われ、ライターやアナウンサーなどは勤まらない。

もしやったとしてもいい仕事はできず、絶えず批判や批難の矢面に立たされるだけだ。

少なくとも文章や話し言葉を売り物にするのであれば言葉の感性は第一に持ちあわせておかねばならない。

それなしでは決してやっていけるものではない。

さて表題の「死語辞典」であるがインターネットに載っているアイデアに優れた出来のいい作品である。

先ほども述べたように日頃から文章を書いたり話したりすることに携わる人には必要ではないと思うが、そうでない方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

LINK「死語辞典」
http://www.orange.ne.jp/~kibita/dwd/dwddic1.html

2010年12月9日木曜日

「Smooth Jazz」(スムースジャズ)もいいものだ・好きな音楽ジャンルが一つ増えた

インターネットの「ラジオミュージック」でこれまで聴いたことがなかった「smooth jazz」という音楽を選択してみた。

するとどうだろう。

従来から聴いていたジャズとは異なったムーディーでロマンチックな響きの、すごく耳障りのいい旋律が聞こえてきた。

次々繰り出される曲がすべてそうなのである。

ジャズ特有の「アップテンポ」なところは同じだが、旋律の響きはかなり違う。

「これがスムースジャズというものか、それにしてもすばらしい音楽ではないか」

そうは思ったものの、言葉としての[スムーズジャズ]の概念がまだよく分からなかった。

さっそくそれについてネットで調べてみた。

「スムーズジャズまたはスムースジャズ (smooth jazz)とは1980年代アメリカのラジオ局が使い始めたフュージョンのスタイルの一つで、フュージョン、ポップ・ジャズの流れから派生したスタイルであるフュージョンにR&Bのテイストを混ぜたものが多い」

                                                                         グーグル検索「smooth jazzとは」より

これを読んでだいたいの輪郭はつかめた。

でもこの中の用語「フュージョン」という言葉がよく分からない。

では次に「フュージョン」意味を調べてみよう。

フュージョンとは
百科事典マイペディア フュージョンの用語解説
「1960年代後半に生まれ,1970年代に流行したジャズの一様式。〈融合〉の意。ジャズがロックやポップス,クラシック,ラテンなどのジャズ以外のカテゴリーの音楽と融合し,より大衆化したもの」...
                                                                          google検索「フュージョンとは」より

これでやっと「smooth jazz」という音楽が理解できた。

つまり、この音楽は従来のジャズにクラシックやポピュラー、ラテンなどの他のジャンルの音楽を融合させたものなのである。

早く言えばジャズに他の音楽のいいところを加えたものなのである。

いわば今風に言う「ハイブリッド」な音楽だとも言えるのである。

これでは悪いはずがない。

この音楽、新しいと言っても私にとって新しいだけで、これ自体はもう随分前の1980年代からあったという。

すでに30年近く前になるのだ。

それ故に今では人々の間にすっかり根を張って定着してきているのだ。

なにはともあれいい音楽にめぐりあえた。

これで好きな音楽が「クラシック」「なつメロ」「スムースジャズ」となり、言わば三大ミュージックの「そろい踏み」ということだ。

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2010年12月8日水曜日

新刊書も沢山ある・「図書館」はいい所ですよ!


新刊コーナー
 今私の手元には図書館から借りた本が5冊ある。

借入れ冊数限度は六冊なのでいつもほぼ「限度いっぱい」の5〜6冊を借りて手元においている。

何故そうするかと言えば、当面読む1〜2冊程度だけの借入れだと、よく吟味して借りたつもりでも内容的にこちらの思惑と違っている、いわゆる「ハズレ作品」に当たることがあるからなのである。

当然そうした作品は読まない。

仮に2冊借りたとして、2冊ともがそうであったら、すぐまた借りにいかねばならない。

そうした手間を防ぐ意味もあって多めに借りておくのである。

そしてそういう時には手元にあるその他の作品の中から次に読むものを決めるのである。

これだと、読みたくない本を無理して読まなくていい。

最近では読む本の8割ぐらいが図書館利用なのだが実は過去においてはほとんどを書店で購入して読んでいたのだ。

でも購入した本にも時々「思惑ハズレ」の作品があり、読まずにそのまま放っているものが少なからずあるのだ。

そうした苦い経験から、図書館で借りる場合も「思惑ハズレ」を見込んでの限度いっぱいの借り入れなのである。

最近こそ休みの日にはほとんど図書館へ通っているのだが、60歳になるまではほとんど言っていいほど利用していなかった。

なぜなら、その頃まではなぜだか「新刊書」ばかりにこだわっていて、古い本が多いというイメージ(今は必ずしもそうでないのだが)をもっている図書館はなんとなく敬遠していたのである。

ところが60歳を越え、仕事も正規雇用にかわって「パートタイマー」的なものが多くなり収入も少なくなってきて、それまでのように書籍代もままならなくなり、致し方なく図書館利用に切り替えたのである。

でも結果的にはそれがよかったのである。

第一「古い本ばかりしかない」という考えは大きな思い違いで、私が通っている「姫路市立城内図書館」には特設の「新刊コーナー」も設置されており、そこには少なく見積もっても常時100冊以上の幅広いジャンルから取り揃えられた新刊書が並べられているのである。

そのコーナーは入り口に近いところにあるせいか、私は入るとまずいちばんにそこに並べてある新刊書に目を通すことにしているのである。

その時によっては特に興味を引く本がないこともあるが、たいていは「読んでみたい」と思うものが2〜3冊はあり、そうした本は見つけ次第すぐ借りることにしているのである。

そのせいか、今手元にある五冊の中の3冊は発行日がここ1〜2ヶ月以内という新しい本なのである。

先日借りたものなど発行日が11月28日とあり貸出し初日の本であったのである。

私が一番の借り手で、まだ誰も手にとったことのない新らしい紙の香りがプンプン漂ってくる真新し本であったのだ。

これだとまるで書店で新刊書を買ったようなもので、何だか随分得をしたような気分になる。

このように最近の図書館では新刊書も沢山借りることのできるメリットもあるのだ。

でもこうしたことはさておき、何をおいても図書館利用の最大の利点は、私たちに「本が読みやすい環境」を提供してくれているということである。

それは「家」とか「電車の中」などに比べて、読書に際して「雑念が入りにくい」場所の提供ということなのである。

私はいつも着くやいなや、この図書館の一番奥まったところに儲けられている一人用の簡易机のついたパイプ椅子が置いてある場所へ行き、そこに座って読むことにしている。

何故だかそこが一番好きなのである。

その場所は他にも多くある閲覧場所のひとつなのだが、真ん中の大きな柱を挟み窓を背にして両側に6脚づづ計12脚の椅子があるのだが、そこにはいつも熱心に本に目を通している人たちの姿がある。

もちろんそれら利用者のマナーもよく、携帯電話など鳴ることもまったくなく静寂そのものだ。

そうした周りの人の熱心な読書姿と、あたりの静寂さこそが最高の読書環境なのである。

それ故に集中できて雑念などが入り込む余地があまりないのである。

したがって他の場所での読書と同じ時間をかけたとしても、吸収力という点では相当な差が出てくるように思えるのである。

何はともあれ公的機関がが市民に提供しているあらゆるサービスの中で、私にとって図書館ほどあり難いものは他にないのである。

こうしたものを何の制限もなくいつでも好きな時に無料で利用できることに対しては感謝の気持でいっぱいで、こころから「ありがとう」とお礼を言いたい。

余談だが、この図書館では隔週の日曜日に「名画鑑賞会」と銘打った映画の上映会も開催されており、選りすぐった作品ばかりが上映されている。

これもまたすばらしいものなのである。

紙面の都合でこれについてはまた別の機会に紹介することにしよう。

2010年12月7日火曜日

客が来ていない「年賀ハガキ」街頭販売・年の瀬トピックス(2)

日曜日の午前10時、図書館への行きすがら街角で「年賀ハガキの街頭販売」をしている人の姿が目に入った。

折りたたみ式の長机の上には山のようなハガキの束が置かれており、机の両側には大きなのぼりが立てられていて、その間に2人の女の人が「客待ち顔」でたたずんでいた。

こうした年賀ハガキの街頭販売は数年前から目にするようになったのだが、通りすがりに見た感じではどうも売れ行きは芳しくないようなのである。

今年に入ってもう幾度も目にしているが売場に客が立っている姿を見たことがない。

小さな机の前に大の大人が二人も陣取っていて、これっていったい商売になっているのだろうか。

見たときはいつもそう思うのである。

だがそれ以前の問題として、はたして年賀ハガキの街頭販売など必要なのだろうか?

携帯電話やネットのメールなどの影響を受けて年々売上が減少してきていて、そうしたことへの対抗策であるのはよく分かる。

でも考えてみれば、多くの人々にとって「年賀ハガキ」は言わば年末の必需品であり、黙っていても郵便局の窓口に買いに行くのである。

しかもそういう人々は売り切れを心配して比較的早い時期に購入するのが普通である。

したがって、年末に郵便局の窓口で購入するのが習慣になっているそうした人々の目には、こうした街頭販売は仰々しく見えてなんとなく近づき難い印象を与えるのではないだろうか。

それにバーゲンセールようなイメージはなんとなく安っぽい雰囲気を醸し出しているようにも見えるのである。

そもそも年賀ハガキといえば「年始の挨拶」に使う言わば「一種の儀礼」の為の大切なツールであり、それが安っぽく見えては困るのである。

ましてや、そこで買ったとしても何の特典もなく値段も窓口と同じであればその思いは一層であろう。

まあそれはそうとして、販売戦略としても費用対効果の点から考えてもあまり感心しない商法である。

もし効果をあげようと思うなら、郵便局窓口で購入するのとは違う何らかのメリットを与えなければいけないのではなかろうか。

そうでないかぎり、客としては「安心」を買うために、どちらかと言えば窓口の方へ流れるのではないだろうか。

こうした理由もあって、一時は「年末の風物詩」になるかとも思えたこの「年賀ハガキ」の街頭販売風景だが、予測としては今後比較的早い段階で姿を消していくもののひとつになるのではないだろうか。

要は商品の性格上、積極的な販売戦略は必要でなく、それを行うことは逆にマイナス効果を生むだけではないかということなのである。

2010年12月6日月曜日

なぜ年末にはベートーベンの「第九」を聴くのだろうか?・年の瀬トピックス(1)

何故人々は年末にベートーベンの交響曲「第九」を聴くのだろうか。

これまでこのことに関してははなんとなく疑問がつきまとっていたが、積極的にその理由を質してみようとはしていなかった。

それがついこの前の日曜日、いつものように図書館へ行ったときのことである。

例年だと10月末頃から入り口壁際の掲示板に貼ってある年末恒例のアマチュア合唱団による「第九演奏会」の「団員の募集広告」がないことに気づいたのである。

もっとも演奏会については一つだけプロの楽団による「第九コンサート」の宣伝ポスターが張ってあったのだが、私の言っているのはそれとは違う「素人による第九演奏会」のことである。

「あれーどうしたんだろう。中止になったのだろうか、でもどうしてだろう」

その時はそんなふうに思っただけで終わったのだが、家に帰っても「なぜだろう」という疑問は消えず、それについて考えを巡らせているうちに「でも何故年末に第九を聴くのだろうか」という、これまでに何度か思ったことのある別の疑問が持ち上がってきたのである。

その疑問を解くためにさっそくインターネット「google検索」を使って調べてみた。

そして沢山ある回答項目のうち一つを見て驚いた。

まずそれをここに紹介してみる。

「年末になるとあちこちでベートーベンの「交響曲第九番」の演奏会がひらかれるのは、実は日本だけの習慣なのです。

第二次世界大戦後、まだ日本人の生活が苦しかったときに、日本交響楽団が(いまのNHK交響楽団)が、昭和27年の暮れに東京で楽団員のお正月のおもち代を稼ぐために「第九」のコンサートをひらいた。

つまり、チケットを買ってくれる親戚や友人の数も多くなり多くの収入が得られるというわけである。

これがきっかけとなり、日本に「年末といえば『第九』」という習慣がついたという説が有力である」
                                                    
                              イ ンターネット「ヤフー知恵袋」より

この回答には正直言って驚いた。

まさかこんな答えが出てくるとは夢にも思わなかった。

私としてはこれを「由緒ある伝統行事」のひとつだと少なからず思っていただけに、そうしたことに対する回答を期待していたのである。

それがこんな「単純な理由」でずっと続けられていたとは・・・。

「日本だけの習慣」でとか「楽団員が『お正月のもち代』を稼ぐ目的で始めたのがきっかけ」だとは、聞くだけでもまるで馬鹿らしくなるような理由ではないか。

なにか騙されていた気持さえしてくる。

対象が大作曲家ベートーベンの名曲であるだけに、もっと「もっともらしい理由」があると思っていただけにひとしおである。

私はコンサートには行かなかったが毎年「年が押し詰まってきた頃」には必ずCDでこの曲を熱心に聴いていたのである。

もちろんこの曲自体はいつ聴いてもすばらしくてよかったのだが、「年末に聴くものだ」という理由付けがいっそうこの曲に付加価値を加えていたのだ。

でも、もうそうした付加価値は期待できなくなった。

あーあ、こんな私が馬鹿だった。

そういうわけで、今年この曲を聴くか聴かないかは目下検討中!である。

2010年12月5日日曜日

本当に低いのか?・日本人の精神年齢

精神年齢測定
マッカーサーが終戦当時の日本人を指して精神年齢は「12歳」と言ったそうだが、あれから60年以上たった現在でもはたしてそうした傾向はあるのだろうか。

残念ながら今でも一般的に日本人の精神年齢は欧米諸国に比べてかなり遅れているのは事実だと言われている。

例えばアメリカと比較してみるとその遅れは、なんと10歳から15歳に及ぶという説さえある。

これはまさに「大人と子供の差」と言ってもいいくらいの差ではないか。

こんなふうに言うと、「そんな馬鹿なことはない、昔ならいざ知らず諸外国に比べて教育水準も高く、ましてやて経済大国になって欧米の大国と肩を並べ「先進七カ国」にも入っている日本が、今では決してそうであるはずはない。

もし差があるにしてもそれは微々たるもので、一昔に比べてかなり縮まっているはずである」

などと言う声がどこかから聞こえてきそうである。

しかしそんな声には申し訳ないが、今でもかなり遅れているのは事実であるようなのである。

20代終わりから30代はじめにかけてアメリカ在住を経験して、一年以上の間外国人ばかりの職場で働いたことのある私には、現地で体験した生活の実感からもよく分かるのである。

折に触れて例に挙げているが、21歳の女性である職場の同僚ミス・スーザンが朝の挨拶で「How is your sexlife?」と、臆面もなく当時かなり歳上の私に問い掛けてきたことなども、欧米人の精神年齢の進んでいる一つのいい例である。

その彼女、当時29歳の私などよりむしろ精神年齢においてはうんと上位にいたのではないだろうか。

もっとも私の方にも問題があったのかもしれないが。

もちろん日本人も終戦当時などに比べると大きく成長してきているには違いない。

でも、最も進んでいると言われるフランス人やアメリカ人の精神年齢に追いついて、もはやその差はほとんどなくなったというような状態では決してないのではあるまいか。

それはなぜなのだろうか?

教育レベルは他の先進国と比べても遜色ないし、生活水準にしてもこのところ随分上がってきているはずなのに・・・と首を傾げたくなる気持ちもよくわかる。

でも疑問を解くためにはこうした観点に立って考えてみるだけでは答えは出ないようである。

これに関してインターネットなどを眺めててみるといろいろな意見があるようだ。

・ 宗教心がないから道徳観や倫理観を育めない。宗教心を持たない者を欧米人は遅れていると見なす傾向がある。

・ 親頼みの期間が長く、自立するのが遅いため世間にもまれていない。この点も親離れが早い欧米とはうんと差がある

・ 島国で他民族とのかかわりが少なく、もまれていないせいか、ものの考え方が幼稚で独善的。

こうしたは意見はいずれもなるほどと思わせるものであり、部分的には当たっているところもあると思う。

しかし今一歩説得力に欠けるようでもある。

ここで少し角度を変えて、物理的な理由で分かりやすくこれを説明した意見があるので、最後にそれについて触れてみよう。

この意見は長期間アメリカ滞在して日本語と英語の違いについて研究したある女性研究者が自分の著書で発表しているものである。

それによると、日本の子供とアメリカの子供の言語習得のプロセスの違いは、日本の子供が小学校1年くらいでひらがなを習い始めるのに比べて、一般的にアメリカの子供が文字を読み始めるのは2〜3年遅いそうだ。

しかし、いったん文字の読みを覚えると、平均で11歳くらいになると、新聞とか大人が読む本がすらすら読めるようになるという。

これにくらべて日本の子供は、ひらがなやカタカナの読み始めは確かに早いのだが、それ以後の進歩に時間がかかり、アメリカの11歳の子供のように新聞や大人の本がすらすら読めるようになるには中学3年くらいまで勉強を続けなければいけない。

これは頭脳の差でなく、単に言語構造(量的な問題もあるが)の差がもたらす結果なのだ。

およそ、人間の精神年齢を形成する要素として活字ほど大きな役目を果たすものは他にない。

その活字(大人の読みもの)に接する時期および通算期間の差が大きいのだ。

小学校3〜4年で、もう普通の新聞が読めるアメリカの子供、中学3年くらいにならないと大人の読物には歯が立たない日本の子供、この点を無視して日米の精神年齢の差について論ずることは困難なのである。

では、こうしたプロセスに沿って形成された決定的な差に対して、この先少しでもそれを縮めていく方法を見つけることなど、不可能なのではないだろうか。

でも、まったくお手上げというもとでもない。

それは、日本の子供たちにできるだけ早く英語を習得させ、話し言葉としてそれを使って、精神年齢の進んだアメリカ人(アメリカ人だけに限らないが)にどんどん接することにより、できるだけ彼らのものの見方、考え方を知り、その長所を学び取ることだと思う。

これこそが当方にとっては屈辱的とも思える二者間の精神年齢の差を、少しでも縮めるための早道ではないだろうか。

以上がこの方の意見である。

今後この問題を考える上での大きなヒントになりそうだ。

                                     

2010年12月4日土曜日

「モノ書き」は2台のパソコンを駆使してスピーディーに

私がブログ記事を書くに際してまわりに辞書などを置いておくことはまったくない。

そのかわり記事執筆用のパソコンのすぐ横にもう一台別のパソコンを備えている。

もちろんスイッチオンの状態で画面には「google検索」を出しておく。

1台でも間に合わないことはないのだがスピードのことを考えて、画面切り替えの手間が
かからないようにと2台使用しているのである。

そういう状態でブログ記事の執筆に及ぶのであるが、執筆途上での言葉の意味や英語のスペル、その他に記事に必要な調べ事はすべて「google検索」ですませている。

日常何げなく使っているような、どうっていうことのない言葉でも確認の意味で「検索窓」に入れてみる。

すると「google」はどんな言葉であろうとすぐにその答えを出してくれる。

これまで答えの出なかったことは一度もない。

これが従来のペーパー辞書だとどうであろう。

必ずしもすぐに答えを出してくれるということばかりではないのではなかろうか。

例えば以前経験したことだが、普通の国語辞典を使って「無機質」という言葉を調べてみた。
ところがである。

どう探してもその言葉は見つからないのである。

仕方なくもう一冊別の辞書を当たってみると、なんとか意味に対する説明は出ているのだが、それは化学用語としてのその言葉の解説で、一般的用語として使われる際の説明ではなかった。

もちろん「広辞苑」あたりだとちゃんと出ているに違いない。

でもそのとき手元には広辞苑はなかった。

では、これを「google検索」で調べてみるとどうだろう。

すると先ほどの辞書のような化学的用語としての説明以外に次のような説明も付け加えられているのである。

「生命や感情が感じられない冷淡な印象を無機質と例えることもある」

これでやっとこちらが知りたかった意味がはっきり分かったのである。

このように一般的な辞書では間に合わない場合も、「google」だと一発で解決してくれるのである。

そういう意味で今や私は「紙の辞書には一切頼っておらず、すべて「google」頼みなのである。

それに紙の辞書で調べるのに比べて、スピードが全然違う。

一台のパソコンだと画面を切り替える手間がかかるが、もう一台の別のものを使えばその手間は省ける。

二台のパソコンを使っている私の場合だとわずか数秒で答えを見つけることができるのである。
このスピードの違いは実に大きい。

したがって「スピードを旨」とする「ライター」などのように書くことを日課にする者にとって、その利便性はペーパー辞書の比ではない。

今後私はもう二度と紙の辞書に戻ることはないだろう。

ほとんどの場合は「google」だけで間にあうが、それで万一不足なら「ウィキペディア」を使うだけである。

一抹の寂しさは残るが、どう考えても今や紙の辞書とは「おさらば」なのである。

2010年12月3日金曜日

MOZART is wonderful・モーツアルトはすばらしい!

「天才は夭折する」とよく言われるが、多くの芸術家の中でクラシック音楽の作曲家ほど沢山の人が早世している分野もめずらしい。

偉大な作曲家モーツアルトもその一人で、35歳という若さでこの世を去っている。

しかし、この人は「1756年から1791年」までの短い人生の中で、数え切れないくらいの多くの名曲を残している。

その数はなんと700曲にも及んでいて、全作曲家を見ても短期間にこれほどの数を残した人は他にいない。

でも数が多ければその中にはいわゆる「駄作」というものもある程度含まれているのが世の常なのだが、モーツアルトの作品にはほとんどそれがなくて、ことごとく作品が聴いてすばらしい名曲ばかりなのである。

別の言葉でいえば彼の作品には「ハズレ」がなく、すべて「当たり」ばかりなのである。

いくら名作曲家といえども、例えば「ショパン」などだと決してそうはいかず、途中で旋律が乱れたりする音程の一貫性に乏しいいわゆる「ハズレの作品」も少なからずあるのだ。

よくモーツアルトの作品が「癒しの音楽」などと呼ばれることがあるが、それはどういう理由からなのだろうか。

第一の理由はその「旋律の美しさ」ではないだろうか。

そして第二の理由は万人が理解し易い、その「大衆性」(通俗性)ではないだろうか。

なぜなら大衆性の乏しい一部のクラシック音楽にありがちな「難解な曲」だと、鑑賞するどころか聴きつづけることさえ困難で決して「癒し」どころの話ではないと思われるからである。

「大衆性」とか「通俗性」だとか言えば何だか安っぽく聞こえるかも知れないが彼に関しては決してそんなことはない。

いわばいい意味での日本の歌謡曲のような「親しみやすさ」がモーツアルトの曲にはあるのではないだろうか。

一説によればモーツアルトの母国オーストリアでも、この通俗性を嫌って、評論家の中には彼の曲を認めない人もいたそうだ。

しかし一部の作曲家に見られるような「難解」で決して万人が理解できないような曲がどうしてすばらしい曲だと言えようか。

要するに音楽とは聞いて耳障りがよく気持よければそれでいいのではないのだろうか。

それ故に音楽においては、例えば絵画で言えば「ピカソ」の作品などのような「難解で抽象的」なものは聴かなくてもいいのではなかろうか。

もしクラッシク音楽を「とっつきにくい」ものだと考える人がいるとすれば、そうした難解で抽象的な音楽をあえて聞こうとするからではないだろうか。

モーツアルトを聞くかぎりでは決してそうした感想を抱くことはないはずである。

さて、このへんで下手な解説などはやめにして、このブログの終りに一部ではあるが万人に認められた18世紀最高の作曲家モーツアルトのすばらしい曲の名前を挙げておくことにしよう。

                 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

・協奏曲

(ピアノ協奏曲)    9番・21番・23番・24番・26番
(バイオリン協奏曲)5番・1番・2番・3番
 (クラリネット協奏曲) KV622「アダージョ」
 (フルート協奏曲) 1番
 (ホルン協奏曲)  1番

・ピアノソナタ       11番・12番・13番・14番

・交響曲          25番・37番・39番・40番

・その他          アイネクライネナハトムジーク
                               フルートとハープのための協奏曲
                
              ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

2010年12月2日木曜日

1970 NewYork City「西97丁目」の思い出(8)・思いがけない下宿人

この日仕事を終えて96丁目で地下鉄を降りた頃、まだ5時を少しまわったばかりであったが、初冬の日の沈むのは早く、あたりにはすっかり夜のとばりが降りていて所々のネオンサインだけが微かに闇を照らしていた。

チャーリーのカフェの前を通ったがこの日は素通りした。

エセルのアパートへ着き、ダブルロックを開けて中へ入ったとき、あたりには何かいつもとは違う雰囲気が漂っていた。

普通は締まっているキッチンの隣の部屋のドアがなぜか開け放たれており、奥のほうからはエセル以外の別の女の人の声が聞こえている。

少し怪訝に思いながらリビングルームは入っていくと、エセルの前に見知らぬ女性が腰かけていた。

誰だろう?と思いながら私はその人に向かって「ハロー」と挨拶した。

「トミー、この人がこのまえ話した新しい下宿人のバーマ・フォスターさんよ」

(エセルはこの頃、職場の副支配人マッコイさんがつけた「トミー」というニックネームで私のことをを呼んでいた。何のことはない私の名前TuneoのTをとってつけただけの単純なものである)

エセルが言ったことを聞いて私はビックリした。

初雪の降った朝、12月から新しい下宿人がやって来るとは聞いていたが、まさかそれが女性だとは思ってもみなかった。

「二十七歳のカナダ人」エセルからそう聞いたとき、私は頭の中で「背の高い金髪の青い目をした男の人」とその姿を想像しながら勝手に相手のことをそう決め込んでいた。

エセルからは過去の多くの下宿人の話を聞いたが、その中に女性の下宿人の話など一度も出てこなかった。

「背の高い金髪の男」と想像したことも、それまでの話のいきさつからして自然なことなのである。
その新しい下宿人ミス・バーマ・フォスターは立ち上がって自己紹介し、私に向かって右手を差し出した。

あわてて私も手を差し出し握手には応じたものの、ドキマギしたせいか、自分の紹介が随分ぎこちないものになってしまった。

立ち上がったバーマはどう見ても私より3〜4センチは背が高い。

それに気づいた私は「身長171センチの自分の体格も欧米人に比べれば、まだまだ貧弱なのだ」と少し嘆かわしい気持ちになった。

その後もまだリビングで話し続けるエセルとバーマの二人に別れを告げて、自分の部屋に戻ったときの私はなんとなくソワソワして落ちつかなかった。

「さっきの女性『バーマ・フォスター』というのか、とびきり若いとは言えないが、これからは金髪の白人女性と同じ屋根の下で暮らすことになるのだ」。

そう思うと、先ほどのドギマギした気持が次第にワクワクしたものへ変わっていた。

部屋に戻ってからのしばらくの間はそんな浮ついた気分ややもてあまし気味であった。

でもしばらくして落ち着きを取り戻した私は、ふと一ヶ月に一度の東京のオーシマホテルへ送るレポートの提出時期が迫っていることに気がついた。

「今日は早く帰ったのでまだ時間はじゅうぶんある。ちょうどいいこれから書いてしまおう」

そう思ってベッドの側の机の引き出しからレポート用紙とボールペンと取り出した。

そしておもむろにぺんをにぎってレポート用紙に向かった。

書いている最中フッと一息ついたとき、さっき会ったばかりの「バーマ」のとびきり胸の盛り上がった姿が突然目に浮かんできて、再び私の気持を落ち着かなくさせていた。

                                                                                                   to be continued

これまでが高すぎたのか?・「100円」が多くなってきた自動販売機「飲物の値段」

「100円」の自動販売機、実は前々からあるにはあった。

でもそれがある場所はどちらかと言えば人通りの少ない場末などが多くて、駅前とか繁華街にあることはまずなかった。

ところがどうであろう。

いまや繁華街はおろか、街のいたるところでこの「100円」の自動販売機が目立ってきているのである。

考えてみれば、スーパーなどでは以前からダース単位で随分安い値段で売られているが、これらのペットボトルや缶入りの飲料だが、大量生産ということもあり原価は随分安いものではないのだろうか。

したがって「120円」という価格自体がいわゆる「リーズナブルプライス」からは大きくかけ離れているのではないだろうか。

悪く言えば「暴利をむさぼっている」のである。

本来、人手のかからない自販機での販売は店舗での価格よりむしろ安くていいはずなのだが、実はその逆なのがこれまでの実態である。

それが今では自販機の設置台数が増えきて以前のように売れなくなっってきたのだ。

それゆえの「100円」への値下げではないのだろうか。

「120円」から「100円」の値下げと言えば、率としては2割弱になるのであって値上げ幅としては実に大きなものだ。

それがいま多くの自販機に見られるということは、やはりこれまでが高すぎて、やっと「適正価格」?に修正されようとしているのである。

これまではテレビなどでの大量広告と「いつでも、どこでも」という便利さをいいことに高値止まりであった値段もやっと正常価格になりつつある。

この分野にもおいてもようやく競争原理が働きはじめてきたのである。

でもまだまだ「120円」で売っている自販機が圧倒的に多い。

特に駅構内のものなどは、「競争がない」ことをいいことに、同じものでも120円以上の高価格を設定しているところさえある。

まずそれらのすべてが「100円」になり、その後今度は「90円」とか「80円」という新価格が登場してきて、価格競争によって真の「リーズナブルプライス」が設定されてくることを諸費者としては強く望む次第である。

2010年12月1日水曜日

「♪トイレの神様♪」ではないが・近頃すっかりきれいになってきた「街の公衆トイレ」

姫路市にある「一億円トイレ」
家を出たあとでの「外の公衆トイレ」にはたいてい一日に一度は入る。

通勤途上での駅構内とか地下街のトイレ、休日によく行く図書館のトイレや、たまに行くデパートのトイレなどがある。

そのトイレであるが近ごろは清掃もよく行き届いていていつ入ってもたいていはきれいで気持がいい。

しかも何かと気になるトイレットペーバーだが、その「品切れ」などもなく、それどころかほとんどの所では予備のものまでストックされていて、いつでも心配なく安心して入れるのである。

これも数年前だと、入ったとたん「ペーバー切れ」に気がついて、自分で所持していない時などはあわてて別な場所へ移ったりしたものだ。

また最初からペーパー自体を置いておらず、入り口に「トイレットペーパー自動販売機」が設置されている所もあった。

お金を入れた後レバーを「ガチャン」と下げるあの販売機である。

そうしたものも今ではほとんど目にすることがなくなってきた。

こうした公衆トイレだが、以前と比べて格段に進化してきたところと言えばなんと言ってもその設備である。

私が比較的よく利用する三宮や神戸駅の地下街のトイレでは今では「ウオッシュレット」も設置された最新の設備になっていて、そのこと自体さえはや珍しいことでもなくなってきている。

家にまだこの設備のない人にとっては、むしろこちらを利用した方が快適に過ごせるとも言えるのである。

さて話しの方向は少し変わるが、公衆トイレのことになると是非とも取り上げておきたい話がある。

実は私の住んでいる姫路市には他の都市では絶対にないと思える通称「一億円のトイレ」と呼ばれる公衆トイレがあるのである。

これは今は懐かしい、かつての「竹下内閣」のとき「ふるさと創生資金」という名目で、日本のすべての町に「一億円」づつのお金が配られたことがあったが、その資金で姫路市がお城の近くの公園内に作ったものがその「一億円トイレ」と呼ばれるものなのである。

写真を見ていただければお分かりだと思うが、自動ドアと冷暖房のついた一言でトイレとも言ってすますことのできないほど実に立派な建物なのである。

この建物も作られた当初は「なんと馬鹿げたことを!」と多くの批判を受けたものだが、そうしたことも既に忘れられ、今では堂々とその威容を誇っている。

姫路と言えばとかく何かと「お城」ばかりが注目されるが、隠れた穴場的な名所として、姫路を訪れた方には是非とも一度見て欲しい場所なのである。

ここを訪れた「女性の方々」におかれましては一度こちらで豪華な?「ウオッシュルームミーティング」でもされてはいかがでしょうか。

本日のテーマは今年大ヒットして紅白歌合戦にも出場が決まった「植村花菜」の「トイレの神様」にちなんだ「街の公衆トイレ」についての話であった。

1970、NewYork「スタットラーヒルトンホテル」の給与明細・「西97丁目の思い出」番外編(その1)

1970年、日本のホテルからニューヨークの「スタットラーヒルトンホテル」にやってきた私の立場は「エキスチェンジビジター」という「職場研修生」というものであった。

Visaの種別は「J-1」と呼ばれるもので滞在期限は2年であった。

一応日本の職場にも席はあってそこは休職扱いになっている。

そしてこちらでは「トレイニ—」という「仕事を教えてもらう立場」であるのだが、ちゃんとした一人前の給料も出るのであった。

かねてよりアメリカは日本の月給制と違って「週給制」であると聞いていたが、その「週給」の意味はわかっても、一ヶ月に一回給料をもらうのでなく一週間つづそれを貰うということがどうも実感としてはっきりつかめなかった。

しかしそのことは間もなく現実となって証明された。

働き始めて10日後ぐらいの日に最初の一週間分の給料が小切手でちゃんと支給されたのである。

その小切手に付随している明細書を見ると、支給額の他にいろいろと記されていて内容的には日本のものと比べても大きな違いはない。

もちろん記載されている単位は「アメリカドル」なのだが、1970年当時は対円の為替レートは「1ドル360円」であり、いまの「4倍」近くあったのである。

その分、日本円に換算しても当時としてはそこそこの金額であったのではないだろうか。

明細には所得税の他に州税、市税などもちゃんと引かれており、おまけに「ソーシャルスキュリティ」と呼ばれる社会保障費まで控除されているではないか。

入社したての「外国人トレイに—」と言えども、早々に現地社員と同等に扱われているのである。

「アメリカとはしっかりした国である」とあらためて思った。

入社早々週給がきっちり支払われたことは私の訓練生としての仕事へのモチベーションをうんと高めてくれた。

翌日支給された小切手をかねてより口座を開設していた銀行へ持ち込んだのだが、当面の生活費はあったので換金はせずそのまま預金口座へ入金した。

まああと3ヶ月ぐらいはこういった状態が続くだろうと預金残高を見て胸算用していた。
実際来てしばらくの間はあまりお金は使わなかった。

エセルのところの下宿の家賃は180ドルだったが、それは最初に入ったとき3か月分前払いしてあるし、食事もヒルトンの社員食堂で安く食べれる。

一日一食は外食となるが、でもニューヨークの食べものは日本よりうんと安く、それほど大きな負担にはならなかった。

それに地下鉄の交通費が1日50セントぐらいだったが、これも日本より安かった。

したがって遊びの出費を控えさえすれば、今後ヒルトンの給料で十分まかなっていけると、その頃の私は考えていた。

でも、後々事情は大きく一変していったのであるが・・・・。