2011年1月10日月曜日

「鳥害」もう放ってはおけない・次第にずうずうしくなっていく歩道の「鳩の群れ」と街路樹を占拠する「ムクドリ」の大群

ムクドリの大群

いま人間社会が大きな害を被っているものの一つに「鳥害」というものがある。

その害を与えている代表的な鳥類といえば「鳩」「ムクドリ」「カラス」の三種ではないだろうか。

でも「カラス」に限って言えば何も今始まったことではなく、もう何十年も前から人間との対決は続いており、その被害の歴史は他の鳥に比べて抜群に長く同等には扱えないのではなかろうか。

それに比べて「鳩」と「ムクドリ」からの被害の期間はそれほど長くはないのだが、被害が一定でさほど変動のないカラスに比べて、年月を経るにしたがって次第に大きくなっているのではないだろうか。

例えば「鳩」について言えば、人通りの多い歩道に時を選ばず大挙して舞い降りてきては、人や自転車が近づいてきてもぎりぎりになるまで道を譲ろうとせず、通行人の方が足で踏んづけそうになりあわてて進路を変えたりするのである。

また自転車に乗っているときは無警戒な鳩の群れを轢いてしまいそうになってあわてて急ブレーキをかけたり、一向に逃げる気配がないのでこちらが大きくハンドルを切って群れを避け、急な方向転換で危うく対抗の自転車にぶつかりそうになることさえあるのである。

それになんと言っても許し難いのは、建物の天井や軒先にとまって下を歩く歩行者に糞を落とすことだ。

私は昨年だけでも肩と袖口にあわせて2度もこの「糞害」にあっているのである。

そのときの腹立たしさと言ったら並大抵ではない。

はっきり言って最近の鳩は人間から害を受けないのをいいことに非常に大胆でずうずうしくなってきている。

言い換えれば人間をなめてかかっていると言ってもいい。

かつて鳩は平和のシンボルとか言われたが、今ではそれどころか、なんとも厄介な存在にさえなっているのである。

次に挙げなければならないのは「ムクドリ」による被害ではなかろうか。

夕刻の目抜き通りの街路樹に群がるこの鳥のすさまじいほどの群れはとても尋常とは言えない。

大空を覆うばかりに大きな群れをなし、疾風のごとく飛んでいるさまはまるで空全体の景色を変えてしまうぐらい凄まじさである。

いったいこんな「大きな鳥の群れ」がどこから涌いてきたのかと思わせるぐらい、あらゆる方向から飛来してきた鳥たちはまたたく間に巨大な群れを形成しやがて辺りの空を覆うばかりの大軍団になっていくのである。

それらの大群はその後地上に下りてきたと思うとまたたく間にあたり一帯の街路樹を占拠してしまうのである。

その木々から響く泣き声の凄まじさといったらもう騒音公害などを通り越し、まるで耳を劈くような大音響でその様は狂気さえ感じるほどである。

そして上から落ちてくる糞を避けるため、人々は街路樹からうんと離れて歩かねばならず、必然的に歩行可能なスペースも随分狭いものになってしまうのである。

これを「鳥害」と言わずしてなんと言えばいいのであろうか。

最後はカラスであるが、もうこの鳥に限っては随分おなじみになってしまっており、鳥類にしてはすばらしい頭脳プレイヤーで時としては人間としても対抗するのにたじたじとさせられるのである。

一説によるとカラスはチンパンジーにも匹敵するほどの高いIQの持ち主であるらしい。

でも彼らはいつもずる賢さを前面に出してはいるが、何と言うかどことなく愛嬌があり憎めないところがある。

したがってかっては敵対関係にありながら、気がついてみるといつの間にか共存共栄的な連帯感がうまれているようにもかんじるのである。

したがってカラスは今や鳥害の対象にはならないように思うのである。

では残るのは「鳩」と「ムクドリ」の2種であるが、まずさし当たっては歩道を占拠して日毎にずうずうしくなる「鳩」を早急になんとかしなければならないのではないだろうか。

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