2011年5月31日火曜日

ある外国人バイヤーのつぶやき・「富士山をはっきり見たことが一度もない」

ホテルマン時代に商用でよく日本にやってくるあるアメリカ人バイヤーが、冗談とも本気ともつかない口調で私に話したことがある。

「これまで10回ぐらい東京、大阪間を新幹線で往復したけど、まだ1度も富士山をはっきり見たことがない。富士山って本当に日本にあるの?」

私は思いがけないこの質問に対して答えに窮したが、かろうじてこうこたえた。

「静岡県ってところにちゃんとありますよ、この次は見れるんじゃないですか」

後でそのことについて考えてみたのだが、彼がああ言うのももっともだと思えた。

一般に言われているところによれば、富士山が頂上まではっきり見えるのは10日に1度ぐらいだそうである。

ということは1年に40日弱でひと月の日数より少し多いだけなのだ。

だとすれば残りのあと300日以上は富士山は見えないということになる。

したがってアメリカ人バイヤー氏が言うこともさして不思議なことではないのである。

往復で10回ぐらい行き来したとはいえ確率からすればそれはじゅうぶん有り得ることだからである。

また、商用で新幹線をしょっちゅう利用している知り合いのT氏もこう言っていた。

「僕も1年に何度も乗ってるが、その外人さんと同じでこれまでほとんどはっきり見えたことがない。
かろうじて見えるのも10回に一回ぐらいの割じゃないかな、まあ冬場の晴れた日ははっきり見えるけどね」

また別の知人もこう言っていた。

「私は日頃の行いが悪いのか、この区間を新幹線に乗って富士山を見たことがほとんどない。いつも雲の中にかくれてばかりいるんだ」

考えてみればJR東海道線を行き来する旅行者にとって富士山を見ることは大きな楽しみのひとつなのである。

したがって何度も続いて見ることが出来ないということは大きな失望なのではないだろうか。

特にこれが期待の大きい外国人であればなおさらのことであろう。

ではこうしたアイデアはどうだろう。

JRは静岡県を新幹線が通過するとき電光パネルでそれを知らせるサービスをしているが、それに加えて富士山が見えない日は大きなスクリーンに富士山の美しい画像を映して見せてはいかがだろうか。

そうすれば、旅人にとっては一縷の慰めになるのではなかろうか。

特にはるばる日本を訪れた外国人団体客などに対してはそれくらいのサービスをしてもいいのではなかろうか。

日本の観光PRのためにも・・・。

2011年5月30日月曜日

ベストセラー作家シドニーシェルダンの小説に見る・鮮やかな詐欺の手口

シドニーシェルダンの比較的初期の作品に「明日があるなら」という小説がある。

もう10年以上も前に読んだものだが、まるで息もつかせないほどの見事なストーリー展開に胸をわくわくさせながら時間のたつのも忘れて一気に読み通したことを覚えている。

はっきり言って「こんなに面白い小説があったのか」と思わせるほどエンターティンメント性が豊かで、物語としては最高に魅力的な作品であった

この小説をおもしろくさせている要素の一つとしてあげられるのが登場人物のユニーク性であろうが、とくにひきつけられたのが主人公の扮する名詐欺師ぶりである。

ここでその詐欺師が展開する見事なの手口を幾つかご紹介することにする。

なおこの本を読んだのはずいぶん前のことなので、記憶に誤りがあったりして、実際のストーリーと比べて細部に多少の食い違いがあれば、それはお許しいただきたい。

詐欺の手口(その1) まんまと引っかかった宝石店の店主

ある宝石店にすごく珍しい高価な宝石が陳列されていた。

主人公はある企みをもって数万ドルもするその宝石を買うことにした。

そしてそれを購入してしばらくたって再び宝石店におもむき、無いことをを承知の上で、店主に「同じものをもう一つ欲しいと伝えた」

当然のごとく「あれ一つだけで同じ物はありません」と店主がこたえた。

先刻そのことは承知しており、主人公は店主に対してある提案をした。

「どうしてもあれと同じものがほしいので、新聞に広告でも出して探して欲しい。値段はいくら高くてもいいから何としても探して欲しい」

値段はいくら高くてもいいと言うセリフに店主は食指を動かされ、早速広告を出して探すことにした。

広告に提示された買取価格は驚くほど高価格であった。

その広告を見た主人公は、今度は入念に変装をして先日その店で購入した宝石を携えて、別人になりすましてまた宝石店へて向かった。

そして宝石をまんまと二倍の値段で売却したのである。

そしてホテルへ戻り、急いで身支度をするとチェックアウトして空港へ向かいその街を去ってしまったのである。

詐欺の手口(その2) 本物の100ドル紙幣と偽の印刷機

主人公のところにある男が訪れた。

部屋には印刷機らしいものと、その機械の上には濡れた100ドル紙幣が何枚もべたべた張られていた。

男が不思議そうにたずねた。

「あれはいったい何なんですか?」

「あああれねえ、先ほどあの印刷機で作ったばかりの100ドル札さ。まだ乾いてなくてねえ。ああして干しているんだよ」

「へえ、あの機械でつくった100ドル札・・。」

男はそう言いながら印刷機のそばへ近づいていき、100ドル札と機械を交互に眺めていた。

席に戻ってくると男は言った。

「それにしてもいいできですな。本物とまったく区別がつかない」

「気にいってくれましたか。どうですか。あれが乾いたら1枚進呈しますから、外で使ってみたらいかがかな」

しばらくして男は乾いた100ドル札を手にして早速タバコを買いに外へ出た。そして満面に笑みを浮かべて戻ってきた。

「タバコ店でもまったく疑われませんでしたよ。ほらこれタバコのおつり」男はそう言って釣銭をテーブルに広げて見せた。そして店主にこう言った。

どうですか。私にあの印刷機を譲ってくれませんか。値段はお望みの金額で構いませんから。

主人公は男の言い分を飲んで100万ドルでその印刷機は売却した。

そしてすぐさま事務所をたたみ姿を消した。

その機械というのは今はもう出回っていない古い複写機で、上に張っていた100ドル札は本物を水で濡らしたものであったのだ。

2011年5月29日日曜日

無料動画サイトの種類・この驚くべき数を見よ!



これまで私が見る動画サイトと言えば、YouTube・Ustream・それにgoogle videoなどがせいぜいであったのだが、

昨日偶然にDayliMotionというフランスの動画サイトがあるということを知り、

ふとこの他にも面白い動画サイトがあるのではと思って「動画サイト」で検索して見ると、出てきたのがこの驚くべき数のサイト名なのである。

こんなに沢山の動画サイトがあるなんて、皆さんご存知でしたか?

以下、これまであまり名前を聞かなったものも含めて、その名前をあげてみることにする。


国内無料動画共有サイト一覧

ニコニコ動画   Cliplife Ask.jp ビデオ

FlipClip Flux i-revo    マイポータル

I'm Vlog   mooom.jp    MOVIE CASTER ムービーキャスター

VOLUME ONE   PeeVee.TV    みなくるビデオ

Ameba Vision Movizo    ワッチミーTV

フォト蔵   excite    ドガログ   ClipCast

RAGUUN ラグーン    Livedoor   PICS   Dailymotion


海外無料動画共有サイト一覧

You Tube   Yahoo!    Video We Win!.com

eyespot vSocial vimeo

videoegg veoh DivX stage6

SMART VIDEO CHANNEL  Sharkle.com REVVER

Putfile.com  Panjea ourmedia

BUZZNET motionbox metacafe

jumpcut Dave.TV ifilm

GUBA grouper  Google Video

dumpalink.com  ClipShack CASTPOST

BREAK.COM

2011年5月28日土曜日

マンション安売りをめぐるトラブル・マンション価格は時価主義なのか?

早く買った人が損をする・購入者との間で交わす守秘義務契約とは

最近読んだ本にマンション販売価格の購入時期による価格差について興味のわくことが書かれていた。

それは価格割引の事実が外に漏れないようにする為の対策についてである。

その一つとして、割引価格で購入する顧客との間で販売会社は価格を口外しないことを明記した「守秘義務契約」を結ぶのだということである。

これは外部、特に高価格で購入した先住者にこうした情報が漏れるのを防ぐための対策なのである。

それはそうだろう。売れ残り物件を処分するのにはそうとう思い切った割引額を設定しなければ物権は処分できないだろうから。

でもその割引価格を先住者に知られたら、彼らからも値引きを求められることは必至で、裁判の訴訟にも発展していくであろう。

そういったことを予想しての対策なのである。

では下の事例を見てほしい。

販売価格の相違から生じる典型的なトラブルの訴訟事例である。

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私より300万円も安く売るってどういうこと?

(事例)
 Aさんは、分譲業者B社から、平成17年に新築マンションを3000万円で購入したが、すべての部屋が売れたわけではなかった。

B社の従業員は、「うちは値引き販売は絶対にしません。」と述べていた。Aさんが入居開始後もB社は販売を続けており、Aさんの隣の部屋も入居者がいなかった。

平成18年になって、Aさんの隣の部屋に買い手がついたようで、Cさんが入居してきた。ところが風の噂で、Cさんがマンションを買った値段は、当初の販売価格3000万円から300万円も値引きした2700万円であったことがわかった。

Aさんの部屋とCさんの部屋とは広さも階も間取りも同様の部屋なのに、なぜCさんは300万円も安くマンションを買うことができるのか?
 
納得がいかないAさんは、B社に対し、値引き販売によってマンションの価値が下落したとして損害賠償を求めて訴訟を提起した。
  
事例と同様のケースが問題となった訴訟(東京地判平成8年2月5日判タ907号188頁)では、当該ケースにおいては、販売業者が値下げ販売しないことを約束したとか、値下げ販売したことによって生じた他のマンション所有者に生じた損害を補填する義務を負っていたとは認められないとし、さらに、一般に、不動産の価格は、需要と供給の関係で決まるものであり、不動産市況によって価格が変動することは自明の理ともいうべきことであるから、マンションの販売業者である被告に、売買契約締結後に不動産市況の下落があってもなお当該販売価格を下落させてはならないという信義則上の義務があるとも認められないとして原告の請求を認めませんでした。
 
Aさんの気持ちからすれば不満の残る判決かもしれませんが、一方で販売業者の契約の自由をあまりに制限することになっても困ります。そのバランスのとりかたを示した裁判例といえるでしょう。

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不動産価格は時価主義

この事例で分かるように、こうした訴訟では多くの場合売り手側の不動産会社が勝利を収めるのが普通である。

つまりマンションなどの不動産物件の売買には時価主義という考え方が取り入れられており、その
時々によって業者が自由に価格を設定できるのである。

しかし道義的問題として先住者との価格差はできるだけなくするのが望ましい。

そういった業者の思惑もあって、割引価格を先住者に知られないようにと先ほどの「守秘義務契約」をむすぶのである。

したがって例え二重、三重構造の価格であってもも法的には認められているのであり、訴訟に持ち込んでも無駄なのである。

マンション購入者は後で泣きを見ないように、この点を踏まえて購入時における業者との価格交渉には特に慎重に臨みたいものだ。

2011年5月27日金曜日

今や当たり前になってきた駅構内のスーパーマーケット

出店が相次ぐ駅スーパー

「駅スーパー」とも呼ばれる駅構内でのスーパーマーケットの出店がこのところ盛んになってきた。

ごく最近も私が神戸までの通勤に利用しているJR姫路駅にも大きなスーパーマーケットが開店したばかりだ。

JR姫路駅東改札口のすぐ手前に位置していて通勤帰りに利用するにはもってこいの場所である。

私が利用しているJR神戸線には神戸駅と加古川駅にはあるのだが、姫路駅にはまだスーパーが出店されてなかっただけにこのたびの開店は非常にありがたい。

この駅スーパーだが、いずれの店舗も改札口のすぐ隣にあり電車利用の通勤者にとって便利この上ない。

帰りにここを利用すれば、家に戻ってあらためて買物に行く必要もなくなり時間の節約にもなる。

それに便利な駅構内にあるからといって別に値段が高いわけではなく、普通のスーパーなどとかわることはないのである。

なぜあえてこんなことを言うかといえば、駅といえば、ホームなどにあるあのキオスクという売店のことが連想されるからだ。

この売店は競争がないのをいいことに、かなり独善的な価格を設定しているのである。

したがってそのキオスクとイメージが重なって、駅スーパーと聞けば値段が高いのではと勘ぐる向きもあるかもしれないと思い、あえて価格のことについて触れたのである。

スーパーマーケットだけに限らず、今駅構内での商戦はいま一気に熱を帯びてきている。

今月の初頭には大阪駅が大きく変わり、大阪ステーションシティと命名され、伊勢丹デパートをはじめ広大なスペースに数々の大型店舗を備えた大ショッピングセンターとして華やかにオープンした。

その巨大なマーケット空間は、今近畿圏のJR通勤客をはじめ、人々の間で大きな関心の的になっているようだ。

また私の住む街姫路市でも、JRの高架によって生まれた広大な空間に一昨年「プリエ」という西部系列のファッション専門店外もオープンしている。

これなども通勤客を大きく取り込んで盛況を極めており、景気の悪い昨今にあっては、街中にある商店街の客足をさらに遠のかせているのではないだろうか。

JRの路線高架はいま各地で急ピッチで進んでおり、それにより生み出される高架下のスペースはドンドン増えており、今後もこうした店舗の出店が相次ぐに違いない。

こうして駅という人が多く集まる一等地にスペースを多く生み出しているJRではあるが、今後は本業の輸送と共に副業とも言える商店経営は益々進んでいき、売上規模をますます大きくしてに違いないだろう。

競合が避けられない街中の商店にとっては、また頭の痛い問題が増えたのである。

2011年5月26日木曜日

ギャンブラー必見・「大数の法則」の確率についての面白い実験装置

サイコロの同じ目が出る確率は本当に6分の1なのか?

さいころの1の目が出る確率は6分の1であると言われる。

ではなぜ6分の1になるのだろうか?

もしかして,神様はどんなに正確な立方体のさいころに対しても,他の目よりも 2や5 の目を特に好み,出る確率を多くしているかもしれない。

それなのに本当に6分の1なのだろうか?


さてこれを証明するには、

さいころを無限回数振ることにより2や5の目が出た回数を振った回数で割っていけばよいのだが,しかしこれは時間がかかって現実的ではない。

でも経費はかからないので時間が許す限り,より多くのデータからその割合を求めた方が,真の割合(確率)に近づくにちがいない。
 
そのことを数学的に証明してくれるのがの大数の法則」である。

では,さいころの目の出る確率が,本当に6分の1であるかどうか、シュミレーションをして確かめて
みよう。
 
普段はいくらなんでも、さいころ10,000 回も振ることができない。

なので、特殊なシュミレーション装置で確かめてみることにしよう。

どうか皆さんもLinkしてある装置をつかってこれを確かめてみてください。

確率が限りなく6分の1に近づくことがよく分かるとても面白い実験装置ですよ。

インターネット「大数の法則」より

Link  大数の法則実験装置

  http://www.kwansei.ac.jp/hs/z90010/sugakuc/toukei/taisuu/taisuu.htm

2011年5月25日水曜日

ニューヨーク日本人事件簿(その2)・コールガールに睡眠薬を飲まされて・・・

ニューヨーク七番街の朝
 私が勤めていたニューヨークスタットラーヒルトンホテル(現ホテルペンシルベニア)は客室数がが2000というニューヨークでも有数のマンモスホテルである。

 その規模の大きさゆえか、日本人団体客も多かった。

 満員になると3000名を越える宿泊客であるが、その客のうち5%ぐらいは日本人が占めていた。

 つまり常時150名前後の日本人客が訪れていたのである。

 国籍別では本国のアメリカ人の次に多ったようである。

 そううした多い日本人客だが、犯罪の多いニューヨークだけに、何がしの事件に巻き込まれることも少なからずあったようだ。

 そうしたものについて記憶によく残っている事件についてご紹介することにする。

事件(その2)

 ある日、副支配人のマッコイさんが急ぎ足で私のところへやってくるなり言った。

 「1572号室のヤマムラという男性客が、コールガールらしい女との間で何かトラブルがあったらしい。部屋に行って相談にのってあげて欲しい」

 私はまたしてもかという思いで、その部屋へとおもむいた。日本人客のトラブルの相談にのるのはここ半年ぐらいで5度目であった。

 部屋の中では男性が打ちひしがれた様子でソファーに腰掛けていた。

 その人は名古屋地方からやってきた農業関係者のお偉方50名ほどの団体の一員であった。

 事情を聞いてみると、昨日の深夜誰かがドアをノックするので、ドアスコープを覗いてみるとドアの前には胸の大きく広がったドレス姿の魅力的な白人女性が立っていた。

 その時男性はかなり酔っていて警戒心というものがまるで働かず、躊躇なくドアを開けて女性を招きいれた。

 酔っていたせいもあって女性の言うことがまるでわからないままに、すすめられるまま部屋においてあったブランデーを何杯も飲んだ。

 酔いが益々まわってきて、そのうち意識が朦朧としてきて座ったまま眠ってしまったらしい。

 女性との記憶はそこで途切れていた。

 気がついたのは次の日の朝9時過ぎであったが、女性はすでにいなかった。

 なにがなんだかわからないまま、ふとクローゼットの方を見ると、そこからトランクがはみ出ていて、なにやら荒らされているような気配があった。

 急いで側へ行きトランクを見た。半開きになっていたトランクからは衣類などが出されて、クロゼットの中あちこちに散乱していた。

 男性は不安から急に胸の高鳴りを覚えすぐトランクの中を探ってみた。

 「ない、確かこの中へ入れたいたはずの4千ドル入りの財布とビデオカメラが」

 さらに入念に探ってみたが、いくら探してもやはりそれら両方とも出てはこなかった。

 ここで初めてあの昨夜の女に持ち逃げされたことがわかった。

 そう言えばブランデーを3〜4杯飲んだ後、急に眠たくなった。いったいあれはどうしてなのだろうか。

 男性はそうした疑問を抱きながら副支配人のマッコイさんへ電話したのである。

 私は男性に事情を聞くなり、この人が睡眠薬を飲まされて眠らされ、その隙に持ち物を盗まれたことが分かった」

 「コールガールに睡眠薬を飲まされたのですよ。昨夜その女といるとき席を外しませんでしたか?」

 「はい、ブランデーを3杯ぐらい飲んだ後トイレに行きました」

 「そうですか。その時女に睡眠薬を入れられたのですよ。今年になってこれで3度目です。よくあるんですよこの種の事件は。被害者は日本人ばかり。でもあなた。なぜドアを開けたんですか。見ず知らずの女性の訪問に」

 「はあ、すこし酔っ払っていたものですから」

 「男性は力なくこたえていた」

 この男性も予定を切り上げて、団体から離れて翌日早々と日本に帰って行った。

2011年5月24日火曜日

ニューヨーク日本人事件簿(その1)・タクシーが大切なトランクを持ち逃げ


ニューヨーク七番街

私が勤めていたニューヨークスタットラーヒルトンホテルは客室数が2000室というニューヨークでも有数のマンモスホテルである。

その規模の大きさゆえか、日本人団体客も多かった。

満員になると3000名を越える宿泊客であるが、その客のうち5%ぐらいは日本人が占めていた。

つまり常時150名前後の日本人客がこのホテルを訪れていたのである。

国籍別では本国のアメリカ人の次に多かったようである。

そうした多い日本人客だが、犯罪の多いニューヨークだけに、何がしの事件に巻き込まれることも少なからずあったようだ。

そうしたものについて記憶によく残っている事件についてご紹介することにする。

事件(その1)

これは商用でニューヨークを訪れたある中年の日本人男性が巻き込まれた事件であり、タクシー(運転手)をめぐるトラブルである。

あのイエローキャブとも呼ばれるおなじみのニューヨークのタクシーでである。

その男性はケネディ空港からタクシーでホテルまでやってきた。

30数ドルの料金を払うのに男性は100ドル紙幣を渡そうとした。

でも運転手はお釣がないと言ってそれは受けとらず、ホテルのキャッシャーで両替してくるようにと言った。

男性は仕方なく、荷物のことが少し気になったが言われるままキャッシャーは両替に行くことにいた。

あいにくキャッシャーは混んでいて10分ぐらいも待たされた。

ようやく両替が終り急いでタクシーへと戻って行った。ところが降車した位置にはタクシーが止まっていないのだ。

どこか他へ停車位置を移したのかもしれないと思って辺り一帯を探してみたがどこにも先ほどのタクシーの姿はない。

少し不安な気持が頭をかすめたが、でもその時はまだ運転手が荷物を持ち逃げしたなどとは思っていなかった。

どうしたのだろう?不安な気持は次第に増していき、、ちょうど近くにホテルのドアマンが立っていたので聞いてみた。

「10分ほど前にここで止まったタクシーを知らないか?」

するとドアマンは「ああ、先ほどの中南米系の運転手の乗ったタクシーだね。お客さんが降りてすぐに行ってしまったよ」と言うのである。

男性はそう聞いてもまだ事態がよく飲み込めなかった。

「行ってしまったって、あの中には私の荷物が積んであったのですよ」

ドアマンは応えた。

「あーあー。お客さんやられてしまいましたね。荷物を持ち逃げされたんですよ。両替にでも行っている暇に。つい1週間ほど前も同じことがあったばかりですよ。やはりそれも日本人でした。よくあるんですよ。こういうことが」

それを聞いて男性はやっと事態が飲み込めた。

大事な荷物一切合切をタクシー運転手に持ち逃げされたのだ。

心臓が早鐘のように高鳴り、立っていられないほどの衝撃をうけた。

それでもなんとか気を取り直してホテルの中へ入って行った。

私は副支配人のマッコイさんと一緒にこの男性の相談を受けた。

パスポートを始め、現金と高給カメラやその他身のまわりの品一切が入った旅行カバンと無くなったのだ。

幸いスーツのポケットに入れていたトラベラーズチェックと1000ドルあまりのキャッシュだけは無事だったのだが、その男性は「予定を変更して、パスポートの申請がすみ次第日本へ帰る」と肩と落として話してた。

被害額は別の財布に入れてトランクに収めていた現金30万円とカメラなどを含めて80万円ぐらいであった。

2011年5月23日月曜日

変わるか!・日本人の葬式に対する考え方



昨年末の母の葬儀であらためて気づかされたことがある。

それは葬儀費用の異常な高さについてである。

その葬儀社での積立金が70万円ぐらいあったのにかかわらず、さらに追加費用を百数十万円も払わされたのである。

これまでもうすうすは感じていたのだが、今回は当事者としてそれを実感として味わった。

これまでその高額な費用については何かと物議をかもしている日本の葬儀費用であるが、このところ遅ればせながらというか、ようやく一部の人々の間で家族葬などで費用を安く押さえようという動きも出てきた。

そうした動きにあわせてか、葬儀社の方も従来とは異なったいわばリーズナブルとも言える割安料金を提示している業者も増えてきつつあるようだ。

今後こうした傾向が定着すればいいのだが。

さて、これまで世界一高いといわれてきた日本の葬儀費用だが、いったい世界の国々はどうなのであろうか。

以下、世界5ヵ国を比較する形で費用の高い順に並べてみた。

葬儀の費用国際比較

日本    230万円

アメリカ   44万円

韓国     37万円

ドイツ    19万円

イギリス   12万円

これを見ても明らかなように、日本だけが一桁多く群を抜く高さなのである。

その額は2番目に高いアメリカの実に5倍以上に達しているではないか。

これはいったいどういうことなのであろうか。

なぜ人々はこういったどう考えても不合理とも思える馬鹿げたことを改善する動きに出なかったのであろうか。

考えてみれば実に不思議なことである。

上のランキングで見るとイギリスが12万円、ドイツが20万円、アメリカが44万円、お隣の韓国が37万円となっている。。

これに対して、桁違いに高いのが日本の230万円なのである。

日本は世界一葬儀費用の高い国といわれているのである。

ところで、イギリスが異常にに安いのが気になる。

イギリスは葬儀自体にかかる費用が4万円程度、棺も4万円程度でその他教会への費用が1万円強と、ここまででも十分に安いのに加えて、火葬場の費用が最高で4万円、最低では1万円程度となっており、これが安い原因になっている。

まさにこれこそ合理的と言えるのではないだろうか。

日本はなんとイギリスの20倍。

もうこんな馬鹿げたことはたくさんだ。そう思うのは決して私だけではないだろう。

2011年5月22日日曜日

近頃盛んになってきた・ビジネスホテルのDayUse(デイユース)

街を歩いていると、大きなビジネスホテルのビルの屋上から長い垂れ幕が下がっており、それには「デイユース5時間、お二人で4200円」と書かれていた。

ついこの前も市内の別の場所でこの種の広告を見たばかりだ。

それほど広くもないエリアで続けて2度見るということは、このデイユースというホテルの商法(販売戦略?)がこのところ盛んになってきた証拠ではなかろうか。

こんなことが気になるのも私が元ホテルマンだからであろうか。

ではこのデイユースとはいったいどういうものなのであろうか。

すでにご存知の方も多いとは思うが、ホテルというのは、都市ホテルとかビジネスホテル、それにリゾートホテルなどその種別を問わず、一般的に客室利用時間は夕方から朝までとなっている。

これに対してデイユースまたは日帰り利用やショートステイなどは、その他の時間帯によるホテル利用方法をさしているのである。。

つまりデイユースとは「日中や昼間の利用」を意味するものであり、ショートステイとは「短時間の滞在」という意味で、どちらもホテルの客室を効率良く回転させて(稼働率をあげて)売上を上げるという目的で考え出されたビジネスモデルなのだ。

ホテルとしては、客室をユーザーに提供することで売上をあげるビジネスである。

しかし、多くのホテルの客室は、昼から夕方までは空屋となっている。

その使われていない隙間の時間帯や統計的に空き部屋が多い曜日や当日の予約状況を見ながらデイユースやショートステイ用の部屋を割り当てるのである。

デイユースやショートステイの利用目的は客によって様々である。

・ 不足した睡眠時間を補いたい。
・ 数時間だけひとりでくつろぎたい
・ 数時間だけ家族でくつろぎたい
・ 大人のデートとして恥ずかしくないホテルで数時間だけくつろぎたい

このような目的を叶えてくれるのがデイユースやショートステイなのである。

最近では特にカップルの利用が急激に増えている。

景気が悪くても安くて品の無いホテルは利用したくない。

安くて、品があって、しかも高級感のあるホテルを利用したいというニーズが増えているからなのであろうか。

ホテル業界は今供給過多で激しい顧客獲得競争を展開している。

それを乗り切る戦略の一つがこのデイユース販売強化なのに違いない。

益々激戦が展開されると予想されるこの業界にあって、この動きは今後益々盛んになってくるに違いない。

2011年5月21日土曜日

マスコミはなぜいつも総理の足を引っ張ってばかりいるのか

いま政界では小沢派議員たちによる菅首相下ろしが熱を帯びてきている。

しかし金銭疑惑の渦中にあり、国民にまったく人気のない小沢氏など今更担ぎ出そうとしているこれら周りの人たちの思惑とはいったい何なんだろうか。

それに小泉総理以降かわりにかわってきて、外国から不評を買ってきた日本の首相交代なのに、それをいちばんよく認識しているはずの国会議員がどうしてまたこうした愚挙とも言える行動を繰り返しているのであろうか。

国民の側から見た菅総理はこれまでの総理と比べ特に優秀とは言えないまでもごく普通である。

したがっていまここでまた外国の不評を買ってまで他の人にかえなければならない理由などまったくない。

いったい愚かな政治家たちは何をゴタゴタやっているのだろうか。見苦しいことこの上ない。

そうでなくても日本の国会議員はアメリカなどに比べて数が多く、定数削減が問題になって渦中でのこうした愚挙とも言える行動をとっているのである。

こんな馬鹿げた行動に走る議員などはもはや必要ない。削減の第一候補に上げ、早く辞めさせてしまえばいい。国民にとって目ざわりこの上ない。

それにマスコミが輪をかけたように必要以上これについて報道するのもまたしてもという観が否めない

ところで最近「テレビは総理を殺してきたか」という本を読んだ。

この本につけられた帯の内容は衝撃的である。

小泉純一郎元首相から菅直人首相までの6人の首相の顔写真が並び、そこに彼らの寿命(在任期間)が表示されているのだ。

小泉氏の5年5カ月を筆頭に、きれいに短くなっている。では菅首相はどうなるのだろうか?

以下はネットに載っているこの本の書評である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
彼らの寿命を決めるのはテレビとの関係と著者は言う。テレビを最初にうまく利用したのは小沢一郎氏だ。
政治改革論争が盛り上がった際、「改革派VS.守旧派」の二極対立構図を打ち出した。
テレビはこの「わかりやすさ」に飛びついた。
テレビは営業収入を上げるために、ニュースにも視聴率が求められていたのだ。
政治は視聴率競争に巻き込まれていく。
視聴率が上がれば続報を打ち、下がれば打ち切るようになる。
二極対立構図を最大限に活用したのは小泉氏だ。彼はテレビの嗜好を知りつくし、お茶の間を独占し続け、寿命を延ばす。
歴代の首相たち、そして小沢氏のテレビに対する態度がどのようなものであったかが生々しく描かれ、興味が尽きない。
またテレビの役割と視聴率に踊らされるテレビマン、そして視聴者である私たちにも反省を迫る好著だ。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・

インターネット「テレビは総理を殺してきたか」の書評一部引用

2011年5月20日金曜日

「福島原子力発電所」命をかけてこの給料・下請け労働者の驚くべき低賃金

原発作業員募集広告
福島原発
上にあるのは福島原発の下請け労働者の募集広告である。

ごく最近のものだが、その詳細は次のようなものである。

福島原発の求人募集要項
募集職種 作業員(福島第1・第2原発)
雇用形態 正社員以外
仕事内容 *原子力発電所内の定期検査・機械・電気・鍛冶溶接及び足場作業
給与 日給9,000円〜11,000円a 基本給(月額平均)又は時間額189,000円〜231,000円
b 定額的に支払われる手当
a + b 189,000円〜231,000円
c その他の手当等付記事項
皆勤手当 8,000円
募集年齢 不問
応募資格スキル・経験 不問
学歴不問
年齢不問
通勤手当あり
各種保険あり
マイカー通勤可能
通勤手当 支給なし

この募集広告を見て驚くのはその賃金の低さである。

これでは一般的な他の職種のパート社員の賃金と少しも変わらないではないか。

しかもこれは今回の東日本大地震で注目されているあの福島原発作業員の募集広告なのである。

放射性物質漏れで国民に大きな不安を与えているあの原子力発電所で働く人を募集なのである。

この放射性物質の影響を受ける可能性があるかもしれない危険極まりない職場の作業員に対する

この待遇の悪さはいったいどういうことなのであろうか。

聞くところによると、事業主である東京電力からはこの作業員に払われる賃金としては、この募集

広告の金額の数倍が出されていると言われている。

ところが中に人材派遣業者が5段階以上も介在していて、その多くをそれらの業者が中間で搾取しているのだという。

一般的に言って2段階ぐらいだとあり得る業者の介在だが、5段階以上も介入があるというのは異
常なことではないだろうか。

まあそれぐらい人が集まりにくい職種であるからなのでもあろうか。

雇用主である東電もそうしたことを考慮した上での、多額の費用を業者に向けて払っているのであろうか。


人が集まりにくいと言う点では納得できることが一つある。

以前私は、姫路市のある居酒屋で偶然一人の原発下請け作業員をしている中年の男性と知り合った。

その人は福島の原発で働いていると告げたあと、休みは今日までで、また明日は職場に戻るのだと話していた。

その時は原発での仕事ということだけが印象として強く残り、兵庫県の姫路からはるばる東北の地まで出向いていくということには気が及ばなかった。

しかもまたその翌日にも偶然に駅に方に向かって大きなバッグをさげて歩いて行くその人の姿を見かけたのだ、

そしてその時その人の姿を見て、兵庫県という広範囲地域に及ぶまでを募集対象に広げなければ人が見つからないほどの危険な職場であるということにその時フト気づいたのである。

その人はつけ加えて話していたではないか「今度帰れるのは正月休みだ」と。

その人の話を聞いた時は大きな危険の伴う原発で働くということは、さぞ高給に恵まれているのだろうと想像していた。

だが今回の募集広告を見てそれがまったくの勘違いであることに気づいた。

しかし最近報道された東電の社長の年収7200万円という莫大な金額に比べ、この作業員の待遇のなんという落差あろうか。

これは決して放置することはできない大きな問題である。

なぜならばこの問題には社長の給料に見るような潤沢な利益を上げていて、業者には多く金を払っておきながら、いたずらに中間に多くの業者を介在させ、作業員の賃金を安くおさえ、それによりさも危険などない普通の仕事と同じような職種であり、したがって賃金も似通ったものであると思わすための偽りとも思えるある種に悪意を感じるからである。

この危険な仕事に人を当てるには無理がある

でもこれは難しい問題でもある。

いたずらに賃金を上げると今度は逆に危険な仕事であると言うことを証明することにもなり、今以上に人は集まりにくくなることもあり得ると考えられるからである。

いずれにしても今回の福島原発の事故で大きくクローズアップされたいま、この職種に人を当てること自体もう無理なのではなかろうか。

早急に高性能ロボットなどを開発し、それに代替させる道を探るべきなのではないだろうか

2011年5月19日木曜日

震災避難所住民とエコノミークラス症候群

エコノミークラス症候群というイヤな病名・いったい誰が名前をつけたのか

この病名については前々から聞いたことはある。

でもこれまではあまり気にしたことはなかった。

しかし今回の東北大震災で避難所に滞在することを余儀なくされている人々の間にこの病気が広がっていると聞き、次第に関心が募ってきた。

症状として「窮屈な姿勢を保つことで体に血の塊ができる」と言われているからである。

それにまず気になるのがこの「エコノミークラス症候群」という病名である。

これではまるで飛行機のエコノミークラスを悪者扱いしているようではないか。


狭い場所は飛行機のエコノミークラスだけではない

エコノミークラスとは「狭い場所(シート)」のことを指した代名詞として使っているのだろうが、狭い場所と言えばなにも飛行機のエコノミークラスだけではないではないか。

外国に多い長距離列車や国内の長距離バス、あるいは長い船旅の2等船室もそうだろうし、それにあの宇宙飛行士はどうなのであろうか。

報道写真などで見れば、ずいぶん窮屈そうなところに押し込められているようでもあるのだが。

第一エコノミークラスとはいうが、それがファーストクラスと広さの面でどれくらい違いがあるというのであろうか。

決して2倍も3倍も違うわけではないであろう。

それなのにエコノミークラスだけ強調したまるで悪者扱いの病名をつけるのはどうなのであろうか。

どうもこれは安易なこじつけの命名である観が否めない。

この病気の症状は

このエコノミークラス症候群の症状は、航空機旅行中・旅行後に発生した深部静脈血栓症、あるいはその血栓によって引き起こされた急性肺動脈血栓塞栓症であるといわれている。

血栓形成に長時間の座位による静脈血のうっ滞・血液粘度の上昇が関与していると考えられているのである。

だがこの「エコノミークラス症候群」の病名はいろいろ誤解を与えやすい。

狭いエコノミークラスが危険で、ビジネスクラスやファーストクラスは安全のように聞こえるが、結局は長時間同じ姿勢でいる飛行機の乗客などは、同じようなリスクを抱えているのである。

しかも、ファーストクラスはおろか、もっと幅の広くもっと平で自由のきくベッドの上でも似た病気が起きてしまうのである。

特に下肢の骨折の手術などで長時間動かない患者や、高齢者で術後に寝たきりになりがちな人など起こす肺塞栓がそれであるという。

その後病名は変更されているはずである

こういうふうにいろいろと誤解を招きやすいこの病名だが、世間の批判を受けてこの病名はその後変更されているとネットの情報などには書かれている。

そして変更後の病名は「ロングフライト血栓症」になっているはずなのである。

一般的に6時間を超える長時間のフライトに伴う病気をさしてこの病名にするというのである。

それなのにマスコミはなぜ依然として「エコノミークラス症候群」という古い病名に固執しているのであろうか。どうも解せない。

なにはともあれ「エコノミークラス症候群」といういやな病名だけはなくなったと聞き、ホッとしている。

2011年5月18日水曜日

書評「ギャンブラーの数学」ジョセフメイザー著・水谷 淳(訳) 日本評論社

知性派ギャンブラーのあなたが、運をうまく使いこなすには?

単なるギャンブルの勝ち方指南の本ではない。

幼少の頃からギャンブル好きの家族の中で育ち、その影響を強く受けた著者がギャンブルの「当りはずれのメカニズム」について渾身の力を込めてを書いている。

特筆すべきは単なるギャンブルの数学的理論だけではなく、歴史的背景、心理的背景にまで迫って、ギャンブルの勝ち負けの構造を徹底的に解明しようとしている。

そして大数の法則などの確率論に基づいた数学的理論を駆使して徹底的にその本質をも捉えようとしている。

ギャンブルで自分は運が良いと感じるのはなぜなのか?ポーカー・ルーレット他あらゆるギャンブルを、「運=ツキ」とともに、歴史的、数学的・心理的側面まで読み解く快心の意欲作。

[目次]

第1部 歴史(種、小石、骨;プロたち;コーヒーハウスからカジノへ;もう止められない;何兆ドルも賭ける);

第2部 数学(誰がロイヤルフラッシュを引いた?;コインの振る舞い;誰かが勝つはず;真に仰天の結果;腕と運のスペクトル);

第3部 心理(そのままにしておけ;やめ時を知る;数々の理論;ホットハンズ;運)

著者について
〈ジョセフ・メイザー〉1942年ニューヨーク・ブロンクス生まれ。マルボロ・カレッジ数学科教授。数学のみならず、その歴史や哲学についても講義している。著書に「ゼノンのパラドックス」「数学と論理をめぐる不思議な冒険」等。
訳者について
水谷 淳 (ミズタニ ジュン)
翻訳家。東京大学理学部卒業。同大学院修了。博士(理学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

2011年5月17日火曜日

世界遺産「姫路城」だけではない・美しい公園都市・姫路の魅力

姫路城 平成の大修理
幽玄さの漂う姫山公園
広大なシロトピア公園
お堀を挟んだ姫山公園と好古園の外壁

桜の名所 姫路城公園

西洋風庭園もある手柄山公園

第2の桜の名所 外堀川公園

日本庭園が魅力の好古園

これが話題の1億円トイレ


美しい公園都市・姫路の魅力

天下の名城「世界遺産国宝姫路城」はいま平成の大修理の真っ只中で天守閣全体がすっぽりとテントで覆われてしまっている。

したがって誠に残念ながら当分の間その優美な姿を眺めることは出来ない。

だが世界遺産に指定されて以来、姫路城があまりも有名になったばかりに、その陰に隠れてすっかり印象を薄くしてはいるが、姫路といえば何も名所はお城だけではないのである。

もちろんお城が中心であることは間違いない。

でもそれ以外にも魅力的なスポットは沢山あるということを是非ともお知りおきいただきたい。

これは案外知られていないのだが、姫路市は全国有数の公園都市なのである。

発表されている公式のデータによれば姫路市の公園面積は全国の都市の中で第19位という高順位に位置していて、兵庫県では日本の6大都市のひとつであるあの「神戸市」に次いで第2位なのである。

さらに近畿地方全体で言っても国内第2の大都市である大阪市さえも都市公園面積では上回っているのである。

それに意外に思われるかもしれないが、あの名だたる観光都市の「京都市」と比べても都市公園の面積ではあまり変わらないのである(京都は寺院の庭園が多くその面積は統計には入っていない)。

ではここで姫路市にある主だった公園を挙げてみることにしよう。

まずまっ先にお薦めしたいのは姫路城のお堀を境にしてその北側に位置している姫山公園である。

姫路城の内堀に沿って延々とつづくこの公園の美しい景色はいわば幽玄と言っていいほど一種独特の趣をもっており、春の桜、秋の紅葉をはじめいつ訪れても季節折々見事な景観が楽しめる。

続いて「シロトピア記念公園」であるが、この公園は「シロトピア」という過去に開催された姫路城をテーマとする博覧会の跡地に作られたもので、それ故にこの公園の最大の魅力はその広大な面積である。

広大な敷地内には大きな樹木も多く、また多目的野外ステージやグラウンドなどもあり、人々にとってはスポーツにレクレーションにと恰好の憩いの場所である。

続いては手柄山公園であるが、ここはその名のとおり小高い丘の上に立地しており、夜景が美しいことでも有名である。

また敷地内には西洋風にアレンジされた庭園もあり、エキゾチックないっぷ変わった風情が楽しめる。

この他JR姫路駅南側から川沿いに延々と2キロ以上も南へ延びる外堀川公園

春の桜の景観は姫路城公園に次いでの人気スポットである。

さらには姫路城のお膝元にある本格的日本庭園の「好古園」(有料)などもあり公園については実に多種多様である。

最後にこれら公園に関連して是非ともお知らせしておきたいのは、さきほどご紹介したシロトピア公園の中に、かの竹下内閣の時の「ふるさと創生1億円基金」を使って作られた「1億円トイレ」なるものについてである。

工事設備費だけで1億円などという豪華なトイレなど全国どこを探してもあるものではない。


姫路へお越しの節は是非ともこの「豪華トイレ」をご覧いただきたくお知らせする次第である。

以上、姫路城のネームバリューの陰に隠れてはいるが、実はすばらしい姫路市が誇る数々の美しい公園のご紹介でした。

2011年5月16日月曜日

起業、起業と煽り立てるな!・成功率はわずか「1500分の1」

パソコンスクールへ通っていたときのことである。

50代前半と思しき女性受講生に講師がパソコンを学ぶ動機について訊ねていた。

「起業をしようと思っていまして、そのためです」

その女性は躊躇なくそうこたえていた。

何の変哲もないごく普通の主婦らしき中年女性である。

それを聞いた私は 「ふーん、この女性が起業を考えているのか。企業もずいぶん安くなったものだ」 というふうに思ったものだ。

そう言えば最近の本の広告で「元手のいらない会社づくり」とか「ゼロ円でできる自分の会社」などというのをよく目にするではないか。

そんな広告を見たときなどは「元手もかけずにいい会社などできるわけがない」と、私はすぐ否定論を下してしまうのだが。

しかしこうした安易なタイトルをつけた本が出回るのも、このところ不必要に「起業」ということが喧伝されるようになったからではないだろうか。

いったい誰が何を目的にこうしたことを煽っているのであろうか。

はたして起業とはそんなに簡単なものなのであろうか。

手元に「起業バカ」という本がある。

新刊書ではなく、もう随分前に出た本である。

この本の中で著者は近年はびこってきた起業に対する安易な考え方を一刀両断に切り捨てている。

そしてケーススタディとして数々の失敗例を具体的に列挙してその愚について徹底的に解明し、失敗にいたる背景について詳しい解説を加えている。

少し過激な響きもあるこの本のタイトルだが、その目次の一部をご紹介することにする。

「起業バカ」目次

第1章 みんなこうして失敗しました。
第2章 起業ではまる三つのワナ
第3章 「起業後」に待ち受ける誘惑とワナ
第4章 脱サラを食いものにするフランチャイズ商法
第5章 フランチャイズは底なし沼
第6章 いまのニッポンで起業するのは損か得か?
第7章 ベンチャーにはだかる四つの「抵抗勢力」

というものである。

どうですか皆さん。この目次を見てもまだあなたは起業をやろうと思いますか。

さらにこの本のサブタイトルには「成功するのは1500人に1人」とか「世の中そんなに甘くはない。起業の数ほどワナがある」という、恐ろしくなるようななフレーズもついているのである。

冒頭の女性にこのことを教えてあげればよかったのだが、その機会は逸した。

どうか起業をお考えのみなさん、まずこの本を読むことからお始め下さい。

参考文献「起業バカ」渡辺仁著・光文社ペーパーバックス

2011年5月15日日曜日

技術大国であるはずの日本・なぜ原発修復で外国の技術援助を受けるのか

フランスから「汚染水浄化装置」の提供を受けたのは?

東日本大地震に関連して最近よく報道されていることで、どうも腑に落ちないことがある。

それは福島原発の事故修復になぜ外国から多くの支援を受けなければならないかということである。

しかもそれは物的援助だけでなく人的技術援助にまで及んでいるのである。

最近のニュースによれば、フランスから「汚染水浄化装置」なるものが提供されたといい、その装置の映像が流されていた。

この装置は放射能で汚染された水を浄化するためのものである。

でも考えてみれば、世界第3位の原発大国である日本がこうした装置を自前で持たず、わざわざフランスから提供を受けなければならないということも不思議なことである。

なぜならば日本は世界に知れた技術大国であり、こうした装置などとっくに自前で装備しているの
が当然と考えられるからである。

国内に数十ケ所も原発を持つ日本としては万一の事故に対してこうした設備を備えておくことは客観的に見てもごく普通なことに思えるのだが。

原発を作った技術を持ってすれば今回の「汚染水浄化装置」の開発など容易なことではないのだろうか。

にもかかわらずなぜそれをフランスから提供されなければならなかったのだろうか。

ロボット大国日本がなぜアメリカから支援が必要なのか

また一方でアメリカからは放射性物質で汚染された原発構内の探査のために無線操縦ロボットの提供を受けている。

これなど先ほどの「汚染水浄化装置」以上に、日本が得意とする分野ではないのだろうか。

これについてはもうずいぶん前から、わが国が産業用ロボットでは世界有数の技術を誇っていることが喧伝されていたではないか。

それなのになぜアメリカから探査ロボットの提供を受ける必要があったのだろうか。

日本は産業用ロボットの分野において世界シェアの7割程度を占めており、国内のロボット産業の市場規模でも7000億円程度と言われているのにもかかわらずである。

それだけではない。

アメリカとフランス2国からは物的支援に加え、人的な技術支援も受けているのである。

今回のこうした例を目の当たりにして、はたして日本はほんとうに技術大国なのであろうかと疑問を持ちたくなるのは私だけであろうか。

聞くところのよると、かって世界の市場を席捲した家電の分野ではもうとっくにお隣韓国にその座を奪われ、高品質をうたっている日本製テレビなどはアメリカ市場では韓国のサムスンなどに大きく水を開けられているという。

また携帯電話しかりである。

この分野における日本の世界シェアはわずか数パーセントであり、40%を越えている韓国には比べると見る影もも無いのである。

今回の原発事故の事後処理に対する海外からの多くの技術支援、及び韓国に大きく遅れをとっている弱電や携帯電話分野などで、技術が弱体化している今の日本の現実をふまえ、もしこれからも日本が技術大国を標榜するのなら、ここで一度立ち止まって反省も含め、今後のあり方について真摯な態度で考え直す必要があるのではないだろうか。

2011年5月14日土曜日

社内公用語「英語化」時代・あなたは英語にどう向き合うか

「楽天」と「ユニクロ」の両社は先頃、2012年度から社内での公用語を英語にすると発表した。

これはわが国のビジネスパースンに少なからず衝撃を与えるニュースである。
]
その後ビジネス界ではこのことが大きな話題となり、あちこちに大きな波紋を起こしている。

「社内公用語の英語化」と聞くと、まずほとんどの人は言葉として話す英語、つまりスビーキングを思い浮かべるに違いない。

もちろんそれはそれでいいのだが、でももう一つ大事な要素があることを忘れてはならない。

それはあらゆる社内文書も併せて英語化されるということである。

つまり社内伝達資料・会議資料・報告書などなど、これまで日本語で作成されていた文書がすべて英語化されるのである。
]
考えてみればこれは大変なことである。

まず作る段階で作成者を悩まし、また受け取った側が読む段階でも頭をひねらなければならなくなるのである。

つまり社内公用語の「読む」「書く」「話す」の三つの要素すべてが英語化されるのである。

これは当事者にとっては大変どころの話ではないのではないか。

英語を話すだけでも大変なのに、その上英文資料作成や、会議などではその読解もこなさなければならず、まったく大変どころか息つく暇もないほど、余裕などまったくない状態になりはしないだろうか。

特に書くことには時間もとられるだろうし、他の職務に差し障りは出てこないだろうか。

こういうふうに思うのも、私もかつてニューヨークのホテル勤務時代にこの「話す」「書く」「読む」のすべてが英語という環境で仕事をした経験したことがあるだけにその大変さがよくわかるのである。

もっとも私の場合は周りがすべてアメリカ人という職場環境であって、自ら望んでそこへ入っていった以上それは当然のことであったのである。

したがって今回のような日本の職場においての英語化ということとは意味あいに大きな違いがあったのだが。

でも考えてみれば長引く日本の不況の原因はあらゆる物の需要が国内では頭打ちを見せており、この先の日本経済を活性化させるためにはこれまで以上に活路を国外に向けざるを得ない状況にきているのである。

そのために避けて通れないのが語学の習得であり、それには国際的な公用語となっている英語習得が先決なのである。

つまり楽天でもユニクロでも今回の社内公用語英語化はあくまでそうしたビジネスのグローバル化を前提にしたものであり、なにもいたずらに社員に無理難題を強要しているのではないのだと思われる。

今後多くの会社が同じ道を歩むと予想され、この2社がそのさきがけになったに過ぎないのではなかろうか。

しかし貿易立国を標榜するわが国であるなら、もっと早くからこうした機運を盛り上げて、いわば英語など出来て当たり前と言うような風土であって欲しかった。

今後世の中のグローバル化の波は今よりもっと強く押寄せてくることは間違いない。

今からでも遅くない。これからのビジネスパースンはいち早く英語という語学の装備で身を固めなくてはならないのであるまいか。
ニューヨークで日常的に受けとっていた社内文書
スタットラーヒルトンの勤務シフト表

2011年5月12日木曜日

これはおもしろい!・海外のユニークなウェブサイト(その2)

「百式」が紹介している数々の海外おもしろサイトから昨日に続いて本日も二つをご紹介します。


(3)Create A Face Online (100 SHIKI)
Link:http://www.pimptheface.com/


顔のパーツが部分別にまとめられています。

好きなパーツを選んでいろいろな似顔絵を作成してください。

あなた自身の顔、知り合いの人の顔など自由自在にあらゆる似顔絵が作れますよ。


(4)obama weather  (オバマ大統領の服装で天気を教えてくれる)
Link:http://obama-weather.com/


オバマ大統領がその日の天気によって服装をかえています。

さてこの日は晴れでしょうか、曇りでしょうか。

それとも雨、あるいはハリケーンかも?

オバマ大統領だけではなく他の有名人の服装も選べますよ。

                              インターネット「百式」より

2011年5月11日水曜日

これはおもしろい・海外のユニークなウェブサイト(2題)

これはおもしろい!海外ユニークサイト(2題)のご紹介

海外、特にアメリカには日本国内では見ることの出来ないようなおもしろくてユニークなサイトが数々あります。
次の二つのサイトは海外のサイトを専門に紹介している「百式」が取り上げているものの一部です。

(1)two foods (二つの食品の栄養素比較) http://www.twofoods.com/

枠の中に比較する二つの食品の名前を英語で入れると、それら栄養素(脂肪分、たんぱく質、炭水化物、エネルギーなど)が数値比較で示されます。
たとえば orange, appleのよう入れてください。



(2)diagrammr (http://diagrammr.com/) 100 SHIKI
  英文を書くとそれを図解してくれるサービス

英文を書くとその文章を図で示してくれる超ユニークなサイトです。英文は例えば(Taro loves Hanako but Hanako loves Ichiro)などというものです。

これら二つのおもしろサイト、気分転換にあなたも是非お試しください。

インターネット「百式」より

2011年5月9日月曜日

母の鼻歌 ・ 母の日に寄せた随想


ある本を読んでいてすごく印象的な文章に出会った。

それは次のようなものである。

・・・・・・ 父は無口で笑顔も滅多に見せないが、渥美清のトラさんの映画を見るときだけは例外であった。

ある日二人で「男はつらいよ」の映画を見にいった。

満員で席が無く、仕方なく立見席で見ることにした。

しばらくして映画が佳境に入ってきたとき、ふと横を見上げると、満面に笑顔を浮かべて食い入るように画面に見入っている父の姿が暗闇の中にうっすらと見えた。

トラさんが「テキヤ」で口上を述べるシーンであった。

家では滅多に見せることのない父の姿である。

父のそんな笑顔を見て、僕はとても幸せな気持ちになった   ・・・・・・・

これはこの本の著者の友人が父親について述べたことをこの映画の監督である山田洋二氏に語った一節である。

この心温まる文を読んで、私はふと子供時代の経験した母についてのある思い出が心をかすめた。

それは戦後の混乱がまだ落ち着いていない私が小学校2年生ぐらいの昭和24年頃のことである。

その頃でもまだ厳しい食糧難は続いており、我が家でも6人の子供を食べさせていくのに両親は毎日大変であったようだ。

したがって生活の心配が先立ってイライラしていたせいか、その頃の母は何かにつけて私をよく叱った。

でもある日学校から帰ってくると、珍しく母は上機嫌だった。

どうしたんだろう?何かいいことがあったのだろうか。

そういった不思議な思いはしたものの、私としても母の機嫌よさそうな顔を見るのは嬉しいことであった。

その母をしばらく見ていると、そのうちに鼻歌を歌い始めたのである。

それまで母が歌う姿など見たことが無く、私は少し驚いた。

何の歌だったかは覚えていないが、随分長い間歌っていたようだった。

そんな母の姿を見て私はなんとも言えない幸せな気持に包まれていた。

子供時代、私に対してはしつけの厳しい母だった。

特に姿勢についてはうるさかった。

食事のときなど少しでも背を丸めたりしていると、「姿勢が悪い!」と言ってピシャリと私の背中を叩いた。

でも母のその躾のおかげで私はいまでも良い姿勢を保てている。

いつでもどこでも、母の言葉を思い出して背筋をピンと伸ばしている。

幼少期のそんなことをふと思い出したのだが、その母も昨年の12月に満99歳、数え年100歳で天国へ召してしまった。

「お母さん、僕は今でもあなたの言いつけをよく守って姿勢よくしていますよ」

2011年5月8日日曜日

1970,NewYork City「西97丁目」の思い出(12)・夜のセントメモリアル病院(その2)

ニューヨークのパトカー
(前日よりつづく)
真夜中にパトカーでセントメモリアル病院へ

それから15分ぐらいたってから、入口のドアが激しくノックされたので私は急いで戸口に走った。

念のためドアスコープを覗くと、なぜか二人のポリスが立っていた。

救急車と聞いて、てっきり白衣を着た人が来るとばかり思っていたので、ドアの前の二人を見て不思議に思った。

ドアを開けると二人のポリスは、そこに立っている私を見て一瞬怪訝な表情を見せたが「ミセス・ウインストンの家か?」とだけ聞くと、ズカズカと中へ入ってきた。

一人の方は私が顔を後方に大きく反らさないとその顔が見えないほどの大男であり、もう一人はガッチリ型で背は私より少し高い程度で、どちらかと言うとずんぐりした体形であった。

大男の方のポリスがエセルと二言三言喋ったあと、今度は私に向かってエセルとの関係を聞き、そのあと「一緒に付き添ってほしい」と言った。

私はそのとっさの申出にとまどった。

その様子を見てか、ポリスは「病院での手続きがすんだら帰ってもいいから、とにかくついて来てくれ」と念を押した。

何の手続きかは知らないが、仕方ないと思って「OK」と応え部屋に戻ってすばやく身支度を整えた。

二人のポリスが両側からエセルを抱えて外へ出た。

12月のマンハッタンの深夜は身を切るような寒さで出たとたん歯がガチガチと鳴った。

大型フォードのパトカーが玄関の前に横付けされていた。私とエセルは後部シートに乗せられ、小さい方のポリスが運転席に座るとパトカーはゆっくり走り出した。

車はアベニューを何本も横切り、イーストリバーの方へと向かって走っていった。

すでに深夜の三時に近く、辺りは深閑と静まりかえっていた。

それでもところどころの路地には飲んだくれの黒人がほっつき歩く姿が見えた。

車を運転している方にポリスが私に「どこから来たのだ?」と聞くので「ジャパンのトウキョウだ」と答えると「自分も兵隊でヨコスカにいたことがあり、そこで日本人のエミーという女性と知り合ったんだ」と人なつっこく話した。

発音が職場の同僚アーリーに似ていて、この男も多分スペイン系だな、と私は思った。

深夜のセントメモリアル病院で

車は深夜のマンハッタンを滑るように走っていき10分もたたない内にイーストサイドの大きな病院に着いた。

玄関の上のセントメモリアル病院という文字が暗闇の中でうっすらと見えた。

車が止まると大男の方が先に降りて中へ入って行った。

しばらくすると彼はタンカを持った白い服の二人の男性を伴って戻ってきた。

間もなくエセルはタンカに乗せられて運ばれていった。

それを見届けると二人のポリスは私だけ残して去っていった。

私はタンカを追って玄関の方へ歩いて行った。

真夜中とは言え、この巨大都市の救急病院のロビーには意外と人の数は多かった。

エセルが治療室に入った後、玄関のすぐ右手にある受付に呼ばれ、付添い人としての書名をさせられた。

そのあとで受付の30年配の痩せた男性事務員にエセルについての事情を聞かれたが、私が日本からきて間もない単なる下宿人だとわかるとその後はあまり突っ込んだ質問はせず、患者の状態がわかるまでしばらく待合室で待つようにと指示をした。

そう言われた以上私としてもすぐ帰るわけには行かず、仕方なく教えられた待合室へ入っていった。

木製のベンチが四脚並べてあるだけの殺風景なその部屋には子供を抱いた若い黒人女性が腕をゆすりながら子供を寝かしつけていた。

そしてひとつ前のベンチにはいかにも眠たそうな顔をしたエセルより少し若いと思える白人の老いた男が所在なさげに座っていた。

私はその老人の隣に座り、「ハロー」と声をかけたが相手は目で少し笑っただけで口は動かさなかった。

エセルが注射でとりあえず回復、タクシーで帰途へ

エセルはいったいどうなんだろう?まさかこのまま入院するのではないだろうな。

そんなことを考えている内に、ふいに睡魔がどっと押寄せてきて知らない内に座ったままうつらうつらと眠ってしまった。

どれぐらいたってか、誰かが肩をたたくのにハッと気付いて目を開けた。

するとすぐ前に黒人の看護婦が立っており、私の隣にはエセル腰掛けていた。

看護婦が私に言った。

「今日のところは何とか発作も止まりました。

よい注射を打ったのでしばらくは咳も出ないと思います。とりあえず今夜はつれて帰ってください。

でもこの次に同じようなことがあったら、その時はしばらく入院しなければならないでしょう。どうぞお気をつけて」

眠気まなこの私の目に黒い肌と見事なコントラストをなした彼女の白衣がまぶしかった。

看護婦に礼を言った後、エセルに向かって「だいじょうぶ?」と聞くと、彼女は来る前と違ってにっこりしながらゆっくりとうなづいた。

エセルは何とか歩けるようになっていたので、手を引いて出口の方へ向かった。外には病院が手配してくれたタクシーが待っていた。二人とも何も喋らずそれに乗り込んだ。

アパートに着いた頃にはあたりは微かに白み始め、マンハッタンの夜明けがぼつぼつ始まっていた。

2011年5月7日土曜日

1970,NewYork City「西97丁目」の思い出(11)・夜のセントメモリアル病院(その1)

夜のニューヨーク

真夜中にまたエセルの激しい咳の発作が

クリスマスも間もないある風の強い日の深夜、エセルがまた激しく咳き込んだ。

私がベッドに入って間もないときで、うつらうつらし始めた矢先のことである。

散発的な咳はほぼ毎日のようにあっても、新しい下宿人バーマがこの家にやってきた12月に入ってからは、不思議とその前のような強いものが無かっただけに、その夜の発作がことさら激しいものに聞こえた。

少しでもその音から逃れようと、毛布ですっぽりかぶって耳を覆いながら、しばらくすれば止まるだろうとひたすらその時を待ったが、30分ぐらいたっても一向に治まる気配がなく、むしろ一層激しくなっているようだった。

エセルはこの前の時のようにリビングの方へは行かず、いつまでもベッドの中で咳き込んでいた。

「すごく苦しそうだな」私はそう呟くと眠たい眼をこすりながらベッドから起き上がってエセルの部屋の方へ歩いていった。

ドアを3〜4回ノックすると、苦しい息づかいの中でエセルが「カムイン」と弱々しく返事した。

ドアを開けて中へ入ったとき、咳き込んで大量の息を空気の中に放ったせいか、少しいやな臭いが鼻をついた。

奥のベッドに、苦しくたたまらないというふうに顔をしかめたエセルが「ハーハー」と荒い息をしながら横たわっていた。

私が入っていった時、チラッと見てまばたきをしたが、その表情は少しも変わることは無かった。

苦しさで笑顔を作る余裕などなかったようだ。

エセルはよく聞き取れないほど弱々しい声で「そこの水をとって」と言った。

枕もとのサイドテーブルに水差しとコップが用意されているのに、手を伸ばして取る気力さえ失っていたのだ。

私はコップに水を注いで手渡そうとしたが、この状態だと起き上がるのもきつかろうと、彼女の首の下に手を入れて頭を持ち上げ口にコップをつけてやった。

後頭部は生温かく、ジトーと汗でぬれており、それが手のひらにつくのがわかった。

三口ほど飲んで、「もういい」とエセルは言った。

手を離してコップをテーブルに戻しながら「薬はのんだかい?」と聞くと、「寝る前にちゃんと飲んだわ」とかすれたか細い声で答えた。

それでも水を飲んだ後は一時の間咳は止まっていた。

それならばと私が立ち上がって2〜3歩ドアの方へ進んだところでまたエセルは激しく咳き込んだ。

「あーあ、この先いったいどうしてあげればいいのだ」

私は立ち止まって考えた。

バーマを起こして相談しようか?いや、彼女は朝から学校があるのでそれも気の毒だ。やはり止しておこう。

医者を呼ぼうにもこんな深夜ではきっと無理に違いない。

エセル、991で救急車をよぶ

私がそんなふうに自問自答を続けていたとき、背後でエセルの「電話を取ってちょうだい」という声が聞こえた。

電話をいったいどうするのかなあ?と思いながらも、部屋の隅からコードをのばしてそれを取って枕元に置いてあげた。

寝返りを打ってかろうじて横向きになったエセルはやっとダイアルを3回まわした。

相手が出てくると彼女は話し始めたが,声が小さくて弱々しく、そばに立っている私ですらよく聞き取れなかった。

それでも「苦しくてたまらないから来て欲しい」という意味のことを喋っているのがなんとなくわかった。
相手がなかなか言い分を聞いて呉れないらしく、エセルは執拗に同じセリフを繰り返していた。そして時おり咳に襲われ、受話器を口から放していたが、話をすすめるにつれて次第にその声は哀願調になり、やがてそれは泣き声へとかわっていった。

それでも十分間ぐらい話して、ようやく相手が納得してくれたらしくエセルは投げ出すように受話器を置いた。そして「救急車が来るわ」とひとこと言った。

「そうか、さっき彼女が電話した先は991の救急電話だったのか」その時になってようやく私は事情が飲み込めた。

エセルはやっとの思いでベッドに半身を起こした。でもどう見ても一人で立ち上がって身支度をするのは無理なようだ。

私はクロゼットを開けて、彼女が外出時にいつも着ていく茶色のワンピースを取ってベッドに持っていき、手を取って着せてあげた。

そして肩を貸して立ち上がらせた。

上背こそそれほど無いのだが、エセルはどちらかと言うと肥満型の老人で私の肩にズシリと体重がかかった。

よたよたしながらなんとか壁際の肘掛け椅子までつれていき、「コートはどこか?」と聞くと、「キッチンの椅子の上だ」と言うので、それを取ってきて乱れたベッドの上に置いた。

To be continued

2011年5月6日金曜日

世界で最も低い日本の大学退学率・はたしてこの数字が意味するものは?


なぜ日本の大学は退学率が低いのか

昨年11月のブログに「勉強時間が圧倒的に少ない日本の大学生・はたしてその原因は」というタイトルの記事を掲載した。


それには「日本の大学生は一般的にアメリカの大学生などに比べて授業以外の勉強時間が極端に少ない。


その大きな原因がいったん入学してしまえばよほどのことがない限り卒業が保証されており、欧米などのように学力不足の原因により中途で振り落とされることもなく、

そのため勉学に対する学生の緊張感が乏しく余暇をアルバイトや遊興に浪費しているからである」というようなことを書いた。


したがって今回のテーマである「世界で最も少ない退学率」ということは何も別段自慢になることではなく、裏返して考えれば勉強せずに安閑としていても卒業できる大学が日本に多いからなのではなかろうか。


これに比べ欧米の大学では入学は容易であるが怠けていると振り落とされしまい卒業は難しいと言われている。

 
OECD諸国平均の退学率は31%であるのに対して、日本の退学率は10%と確かに最も低いレベルとなっている。


日本の他に、デンマークやベルギーも退学率が10%台と低い。

 
逆に退学率が高い国としては、最も高いイタリアの55%、第2位の米国53%などが過半数で目立っている。

 
対象となった国数は、27カ国であり、具体的には退学率の高い順に、イタリア、米国、ニュージーランド、ハンガリー、メキシコ、エストニア、英国、ポーランド、スロベニア、ノルウェー、チェコ、ポルトガル、スウェーデン、アイスランド、スロバキア、スイス、オーストリア、オランダ、オーストラリア、フィンランド、カナダ(ケベック)、ドイツ、ロシア、フランス、ベルギー(フラマン語地域)、デンマーク、日本である。


退学率が低いことはなにも誇るべきことではない

日本の大学は難しい入学試験を課して入口のハードルは高くしている。


しかし出口のハードルは驚くほど低く、これではいったい何のため高等教育であろうか。

まさに高い学費と大量の時間の浪費にしか過ぎない。


したがって今後そうした状況を改善していくには卒業へのハードルを上げて教育現場担当者が「厳しい勉学についてこれない一定数の学生の退学はやむをえない」という厳格な姿勢で臨むことが必要なのではなかろうか。


退学率が世界で一番少ないなどと言うことは何も誇れることではなく、むしろある程度高い方が望ましいと言えるのである。


インターネット「社会実情データ図録」参照

2011年5月5日木曜日

「生涯現役日記」国別アクセスランキング・ベスト10(その2) 2011/5/3現在

昨年6月末の開設から11ヶ月目に入ったマイブログだが、最初の目論見どおり常に一定数の外国からのアクセスを確保している。

昨年暮れにもこのブログにも載せたのだが、その後順位にやや変動があり、このところイギリスやフランスを初めヨーロッパ諸国からのものが目立ち始めている。

でも全体的に見れば、なんと言っても善戦しているのはアメリカの次にアクセスの多い「マレーシア」であろう。

週単位ではトップのアメリカを上回ることすらある。

今後に望むことは近隣国「中国」と「韓国」からのさらなる数の増加である。


国別アクセス数ランキング(トップ10)

・日本          12,418

・アメリカ合衆国      333

・マレーシア        132

・カナダ           97

・シンガポール       35

・台湾            32

・イギリス          25

・大韓民国         21

・中国            20

・オーストラリア       19

2011年5月4日水曜日

このデータに注目!・「人のよさ」で日本人はランキング第8位



今回問われている「人のよさ」というのは日本人がよく揶揄される「お人好し」という意味ではなく、人間性が良くて「信頼するに足る」という真の意味での人の良さである。

そういった意味での日本人の「人のよさ」は世界の国々と比較していったいどうなのであろうか。

この調査は世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し行われたもので、各国ごとに18歳以上の男女1,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位での調査をもとにしたものである。
 
ここでは「この国の人は信用できるか」という質問に対する回答を基本にデータを作成している。

したがって一応「信用できる」という回答比率が高ければ「人がよい」ということになる。

もちろん「人がよい」と答えても、別の質問には、「用心する必要もある」と答えているケースもあるので、あくまでひとつの目安に過ぎない点には留意しておかねばならないだろう。

妥当だろうか?日本の順位

対象国は世界60カ国であり、「信用できる」という回答比率の高い順に、デンマーク、スウェーデン、オランダ、フィンランド、中国、イラン、インドネシア、日本、アイスランド、インド、ベトナム、北アイルランド、ベラルーシ、エジプト、カナダ、米国、アイルランド、スペイン、ドイツ、イタリア、オーストリア、ベルギー、英国、韓国、ヨルダン、ウクライナ、ナイジェリア、ブルガリア、リトアニア、チェコ、ルクセンブルク、バングラデシュ、ロシア、イスラエル、チリ、プエルトリコ、エストニア、ハンガリー、モロッコ、メキシコ、スロベニア、フランス、ギリシャ、マルタ、クロアチア、セルビア・モンテネグロ、トルコ、ポーランド、ラトビア、ベネズエラ、アルゼンチン、スロバキア、南アフリカ、ポルトガル、ジンバブエ、ペルー、ルーマニア、フィリピン、ウガンダ、タンザニアとなっている。

順位について疑問に思う国もある

「信用できる」という回答比率は、デンマーク以下、北欧諸国及びオランダが上位4位を占めているのが目立っている。これに中国、イラン、インドネシアといった途上国が続き、日本は第8位である。

日本以下の国は、「だいたい信用できる」より「用心するにこしたことはない」の回答率が上回ってい
る。
 
「信用できる」という回答比率の低い国々には、アフリカ、南米、アジアの途上国が多いが、これらの国で人がよくないとは、必ずしも言えない。

むしろ、他者に対して用心しなければならない社会環境であるからに過ぎない場合が多いと考えられる。

このデータに少し疑問をもつとすれば「人がよい」の5位と6位に挙げられている中国とイラン(国名に下線)である。

この両国を日本人だけの目で見れば決してここまで高順位になるとは思えないのだが・・・。

(2007年2月26日収録)
インターネット「社会データ図録」参照

2011年5月3日火曜日

(費用+時間)対(効果)・コストパフォーマンス重視の生活術

このランチ
コストパフォーマンスは?
不景気な今こそ必要なコストパフォーマンス感覚

よく耳にするコストパフォーマンスという言葉であるが、そもそもどういった意味があるのだろうか。

簡潔にわかりやすく言えばこういうことである

その商品の価格と価値の度合いの対比。

言い方を変えれば費用対効果のこと。

「コストパフォーマンスが優れている」=その商品は価格のわりに顧客にとっての満足度の価値観が高いこと。

このところやたらとこの用語を耳にするようになったのは長引く景気低迷のせいだろうか。

つまり不景気で給料は上がらず入ってくるものが少ないので、できるだけそれを有効に使おうという人々の知恵が働くのである。

言わば「入るを計りて、出るを制す」の精神である。

まあバブル時代には忘れられていた発想であろうが。

お金よりもっと大切なものがある

さてこのコストパフォーマンスということに対して、私たちはその意味についてはえてして「それは費用対効果のことである」と単純に考えがちである。

もちろん一面的にはそれも正しい考え方で何も間違ったことではない。

だが、この考え方に固執してしまいつい忘れがちになることが一つある。

それはお金よりもっと価値が高いといわれる時間についてである。

Time is Money.今や子供でも知っている格言であるが、費用の前に先ずこの時間を忘れてはならないのである。

つまりものごとを成すために要する時間である。

世の中のすべての価値ある物はお金(費用)と労働(時間)によって作る出されるのである。

したがっていかにコストをかけていいものを作ろうとそれに費やした時間が長ければ長いほど価値は半減されるのである。

これを果たしてコストパフォーマンスが高い(良い)と言えるだろうか。

これは言うなれば時間的観点に立てば生産性が悪く目的は半分しか達成できていないのである。

では時間対効果だけを考えればいいのかと言うと、それもまた不完全でいくら短時間でいいものを作ったからといえ、それに費やした費用が高すぎればこれもまた生産性が悪いのである。

こう考えるとコストパフォーマンスを考える際には従来発想に少し要素をプラスして、「時間」を付随させればより完璧なものになるのではないだろうか。

つまり ・コストパフォーマンス=(費用+時間) 対 時間・ である。


年をとればとるほど実感が増してくる時間の大切さ

いかに世の中がTime is Money.だと言われても若い頃は時間など無限にあるような気がして大切に思う気持は少なかった。

だが今は違う。残り時間が少ないシルバー層になっているのである。

それだけに時間の大切さが身にしみてよくわかる。

果たして20代の若者と60代のシルバー層を比べると例えば1時間の価値はお金に換算してどれぐらい違うのだろうか。

1000円対5000円、恐らくそれ位は違うだろう。

でも時間は決してお金で買うことは出来ないのである。

2011年5月2日月曜日

東日本大震災・「自衛隊員」汗と涙の救援活動・史上最大の動員数・震災地の救援復旧で大活躍!・ありがとう自衛隊の皆さま


自衛隊救援活動

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