2011年6月23日木曜日

1970,NewYork City「西97丁目」の思い出(13)・ヨンカーズ競馬場(その1)

ヨンカーズ競馬場
競馬予想紙

私はその日8番街のポートオーソリティバスターミナルの19番ゲートでヨンカーズ競馬場行きのバスを待っていた。

3日前、職場のスタットラーヒルトンへS商事の山崎からひょこっと電話があって、話しているうちにひょんなことから彼と一緒に競馬場
へ出向くことになったのだ。

「ところで大平さん、こちらへ来て競馬をやったことはありますか?」山崎は会話の途中で唐突に聞いた。

「いいえ、まだやったことはありませんけど」

「そうでしょうねえ、実は大平さん。僕は先週ヨンカーズのレースで3400ドルの大穴を当てたんですよ。デイリーダブルと言って、その日の第1レースと第2レースの勝ち馬を当てるのがあるのですけど、僕の買った3−6の馬券がみごと的中したんですよ」

「ヘェー、3400ドルもねえ。すごいですね。でも山崎さんが競馬をやっているとは知らなかったなあ」

「やっていると言っていいかどうか。なにしろこちらへ来て2年の間に4〜5回通っただけですからね。昼間だとちょっと行けないのですけど、なにしろこちらの競馬はナイターですからね」

「エッ、ナイターですって、 馬の走るあの競馬が夜あるのですか?」

「あれっ、大平さん知らなかったのですか。ヨンカーズ競馬場ではいつもウィークデイの夜に開催されているんですよ。先日も仕事を終えた後、同僚二人と行ってきたのです」

私は競馬の知識はもともと持っていなかったのだが、まさかレースが夜おこなわれるとは、これまで想像もしていなかった。こんなことにまで日本と比べて大きな相違があるのには驚かされた。

ナイター競馬か。ちょっとおもしろそうだな。そう思った私は山崎に是非そこへ連れていくように頼んだ。

先日のラッキーにすっかり気をよくしていた山崎は、ふたつ返事で「OK]と言い、早速次の水曜日ぐらいはどうかと、その場で日取りまできめてしまった。

そして自分はオフィスに近い59丁目でバスに乗るけど、あなたはスタットラーヒルトンからあまり距離のないポートオーソリティバシターミナルで乗ったほうがいいでしょう、と私に指示した。


その日午後4時に仕事を終えた私は、すばやく身支度を整えると山崎が指示した8番街のバスターミナルへと向かった。発車ゲートでしばらく待ったあと、やってきたバスに乗り込んだ。

私と同時に7〜8人の男性が乗ってきたが、彼らはみな手にタブロイド紙を持っていて、席につくや否や熱心にそれを読みふけっていた。

それがその日のレースの予想紙であるということを私はバスが発車した後で気づいた。

そうか。競馬に行くのにはこれが要るのだった。でも今日はまあいいか。初めてのことだし、それに大したお金を賭けるわけでもないし、もしどうしても必要なら向こうへ着いてから買えばいいんだし。

私はそう考えながら山崎が乗り込んでくるはずの59丁目にバスが着くのを待った。

パークアベニュー59丁目のバス停では5〜6人の客が乗車したが、その先頭に山崎がいた。

「やあ大平さん。やっぱり来たんですね。ひょっとして気でも変わって来ないんじゃないかと思っていたんですよ。よかった、よかった。ハイ、これ今日のレースの予想紙」そう言って山崎は席に着くとすぐ手にしていた二部の新聞のうち一部を私に渡した。

「これはすいません。私うっかりしていて、乗車する前に買うのあこを忘れて・・・・」

「多分そんなことだと思って二部用意してきたんですよ。実を言うと、この僕も最初のときはそうでして、同僚に見せてもらったぐらいですからね」山崎は笑いながら屈託なく答えた。

その後バスは5〜6箇所の停留所で客を乗せてアップタウンのハーレムを過ぎるころにはほぼ満席になっていた。

「それにしても山崎さん、先日の3400ドルというのはすごいですね。当たったときはずいぶん興奮したでしょう?」

「興奮どころじゃないですよ。お金を受け取るときは思わず手がブルブル震えましたよ。ほらこんなふうに」山崎はその場面を再現するかのように、両手を前に突き出すと、わざとそれを上下に揺すって見せた」そんな山崎の茶目っ気に、私は声をあげて笑った。

「でもその日、一緒に行った同僚が二人とも負けていましてね。帰りにちょっと高級なナイトクラブへ行き、その支払いを僕がしたので、あらかた半分ぐらいは消えてしまいました。残ったお金のうち五百ドルが今日の軍資金ですよ」

「ヘェー、五百ドルも。今日だけでそんなに遣うのですか?」

「まあね。どうせ勝ったお金だし、それに競馬をするんだったらこれぐらい遣わなくちゃ妙味はありませんよ。でも大平さんはそんなに賭けちゃだめですよ。なにしろ初心者なんだし、内容もよくわからないんだし」

「その心配は要りませんよ。なにしろポケットには百ドルしかありませんから」そう言いながらも私は今日使うのはこの半分ぐらいがいいとこだろうと、胸のうちで考えていた。

「そうそう、いい忘れていましたが、ヨンカーズのレースは普通のレースとは違ってトロッティングレースというやつなんですよ」「トロッティングレースって?」

「馬の走り方にはトロット走法というのがあって、普通の競馬の走り方と違って左右の足を交互に出す走り方です。

これだとスピードはあまり出ないんですが、後ろにトロッコのような車をつけて走るもんですから、時々その車輪に相手のものとぶつかったりすることがあって、普通の競馬に比べると穴が出やすいんです」

「ヘェー、そうなんですか。それはおもしろそうだなあ。この前山崎さんが当てた穴もその口ですか?」

「いいえ、あの時違います。何のトラブルもない随分すんなりとしたレースでしたよ」

   以下次回へつづく   to be continued

0 件のコメント: