2012年10月8日月曜日

 ニューヨークのホテル ・ 誰も知らないウラ話(その2)


ニューヨーク7番街の夜
ルームインスペクション中に窓から見えたポリスの制服

その日も遅出の勤務についた私は予約客リストを見ながら、今日も暇だと思った。ザッと目を通してもピーク時の3割ぐらいしかリストは埋まっていなかったのだ。 


この日のチーフクラーク・フレディが始業前のミーティングで6人のルームクラークを前にして

「今日は暇だから通常20分のコーヒーブレイクを倍の40分にする」と言ったので皆歓声をあげて喜んだ。

 
私を除き、この日遅出勤務についていた残り5名のクラークは、皆それぞれ昼間学校に通っていたり、もうひとつ別の仕事を持っていたりして、ここヒルトンの仕事一本やりではなかった。


それゆえに彼らは概して身体が疲れており、休み時間が長いことは大歓迎なのである。


でも別に身体も疲れておらず、この頃になって仕事に面白みを感じ始めていた私にとってはそんなことはどうでもよかった。

 
そうは思っても、せっかく部下に気を遣ってくれているフレディの手前、皆と一緒に嬉しそうな顔をせざるを得なかった。

 
遅出出勤の私のルーティンワークのひとつにルームインスペクションというのがあった。この業務はその日出発予定でありながら


午後3時に流されてくるハウスキーパー(客室係)からのレポートにオキュパイド(使用中)と示されたルームナンバーをピックアップして別のリストに書き出し、マスターキーを持ってそれらの客室をひとつずつ開けてチェックする仕事なのである。

 
毎日そうした部屋は百室以上もあって、各フロアにまたがったこれらの部屋を全部チェックし終えるには、どんなに速くやっても2時間を下回ることはない。

 
私はこの仕事のやり方を先輩の同僚であるアーリーに付いて覚えた。

 
アーリーは白人とペルトリコ人の混血のめっぽう明るくて気のいい男であったが、非常に女好きで、私と一緒に歩いているときでも

側をいい女が通ると、決まって口笛をピュッーと鳴らし、舌で唇の周りを嘗め回しながらブチュ、ブチュといういかにも卑猥な響きを持つ音を出して、女が通り過ぎて行っても名残惜しそうにずっとその後姿を目で追っているような、そんなストレートな表現がごく普通にできる男であった。


セキュリティ、エニーボディホーム?
 
そんなアーリーだが、私にはまじめにかつ丁寧に仕事を教えてくれた。

 
彼は「まず目的の部屋の前に立ったらドアを3回ノックするのだ」と言った。

 
そして返事が無かったら(ほとんどそうだが)マスターキーで鍵を開ける。そして部屋に入るや否や大きな声で『セキュリティ、エニーボディホーム?』と言わなければいけない。


その理由は万一中に客が居た場合、突然黙って人が入り込んでいけば、強盗にでも踏み込まれたのでは、と相手がビックy利するからなのだ。

 
アーリーは私にそう説明した。部屋に入って中を見渡し、客の荷物の有無を確認し、持参したリストに荷物がなければV(VACANT)、もしまだ荷物があればO(OQUPAID)とルームナンバーの横に記していくのである。

 
3時の時点ではまだオキュパイドであった客室も、こうしてチェックして回る時刻にはほとんどの部屋は空いており、まだ中に客が居たり、荷物が残っていたりする部屋は全体の一割程度でしかなかった。

 
チェックの終わったリストのルームナンバーの横には、たまにある「O」と言う字を圧倒してズラーと「V」の字が並んでいた。

 
身体を動かすことが主体のすごく単純な仕事であり、私は一日でその業務の要領を飲み込んだ。二日目は私の仕事をチェックするため、今度はアーリーが後ろへついてまわった。


ニューヨーク市警ポリスの制服が窓に掛かっている

あと十室余を残してその日のチェックも終わりに近づいてきていたとき、部屋に入ってキョロキョロとあちこちを見回していた私を、窓際に立って外を見ていたアーリーが突然呼んだ。


何事かと私が近づくと、アーリーは向かいの部屋を指差して「あそこを見てみろ」、と少し興奮気味な口調で言った。

 
ヒルトンの客室は一部、フロアがコの字状になっており、そこに位置する部屋は五~六メートル隔ててお互いの窓が向かい合っているのだ。

 
アーリーが指差したのはそうなっている向かい部屋のの窓であった。

 
「カーテンの隙間からポリスのユニフォームが壁に吊っているのが見えるだろう」アーリーは私の目をそちらへ向かせようとしながら言った。


「多分あそこへはジミーと言うポリスが女を連れ込んでいるんだ。 彼はこの辺を管轄にするニューヨーク市警○○分署で風紀係の担当だが、職権を濫用して、いつもその辺のストリートガールを連れてああして部屋へしけ込むんだ。

 
もちろん女も客室もロハだ。時々このカールトンでも客とコールガールがトラブルを起こすことがあり、そのときあのジミーに処置を頼むので、その見返りに客室を提供しなければ仕方がないのだよ」

 
アーリーはいかにも忌々しいと言った口調で私にそう話して聞かせた。

 
私も過去何度か映画などでニューヨークのポリスの腐敗ぶりを見聞きしてはいたが、今こうして窓の側に吊ったポリスの制服を見ながらアーリーの話を聞いていると、現実は聞きしに勝ってひどいものであるのかも?と思えてきた。

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