2014年5月31日土曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第2回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その2)




マンハッタン西97丁目  第1章「眠られぬ夜」(その2)


それにしても今夜のエセルは静かだ。
このアパートへ来てしばらくの間は彼女が喘息持ちだとは知らなかった。ましてや深夜に激しく咳き込んで下宿人を悩ますなどとは思ってもみなかった。

もしそうだと知っていたのなら、月250ドルの下宿代をもっと値切っていたはずだし、さもなくば、部屋の防音をもっとよくチェックしたはずだ。

エセルの寝室は壁ひとつ隔てたすぐ隣にある。壁はそこそこの厚みがあり、声や物音が筒抜けになるという訳でもないが、リビングルームに面して隣り合わせて並ドアの隙間から迂回してくるものが意外と大きい。

それでも越してきて4~5日ぐらいは何事もなかった。辺りのただならぬ気配に目を覚まさせられたのは、一週間経つか経たない日の深夜であった。

目を覚ます前、夢の中で人が咳き込んでいるのを長い間聞いていた。そしてそれ
がドアの方へ 移動して一段と大きくなったところで目を開けて起き上がった。

 リビングームの方からエセルが激しき咳き込んでいるのが聞こえた。
断続的な咳の間には、苦しそうな呻き声も入っていた。 

これはほっておけない。 そう思った修一はベッドを抜け出してリビングの方へ歩いていった。

中入るソファに座って激しく咳き込んでいたエセルが振り向いてチラッと見たが、またすぐうつむいてゴホンゴホンと咳き込んだ。

「どうしたのエセル、だいじょうぶかい?」そう聞きながら、とりあえずこうした場合は背中でもさすってあげるしか方法はないと思った。女性とはいえ、だらりと肉がたるみ、ぶよぶよとした老女の背中をさするのは決して心地よいものではなかった。 

 ニューヨークへ着いて早々、しかもこんな深夜に、いったいなんたることだ。眠くてたまらない眼をこすりながら修一は胸の中でそうつぶやいた。

でも仕方かった。この家には家主であるエセルと修一のほかには他に誰も住んでいないのだから。

しばらくの間背中をさすり、それからキッチンへ行ってグラスに水を汲んできて、それを飲ませたりしていると、激しかった咳も次第に治まってきた。

少し楽になったのか、ゆっくり修一の方を見たエセルは、ややすまなそうな表情で「サンキュー」とだけ言うと、飲みかけのグラスを持ってまたベッドの方へ戻っていった。

時計はかれこれ午前三時を差していた。


その夜以来、この日までの四週間にエセルの咳安眠を妨げたげられたことは何度もあった。妨げられないまでも、ゼーゼーという音は深夜を問わず四六時中続いていて、耳障りなことこの上なかった。

正直言って大変な所を下宿屋として選んだものだと後悔した。そして、できることならどこか他へかわりたいものだと、次第に切実に思うようになっていた。

それにしても今夜のエセルは静かだ。この分だと、どうやら朝まで咳の発作は起こりそうもない。ひと月も一緒にいると、なんというか気配でそれがわかる。

そう考えながら修一も次第にまどろみの中へ入っていき、やがて深い眠りへと落ちていった。

(つづく) 次回予定6月1日(日)


 (第1回) 2014年5月28日

2014年5月28日水曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第1回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第1章・眠られぬ夜(その1)



マンハッタン西97丁目 第1章「眠られぬ夜」(その1)

およそこの乗り物には似つかわしくないガタゴトという騒々しい音をたてながらドアの閉まるエレベーターを背後にして、修一はおもむろにズボンのポケットに手を突っ込み

ひやっとした感触を指先に感じながらジャラジャラと鳴るキーホルダーを取り出した。

エレベーターからほんの5~6歩も歩けばそこに入り口のドアがある。

「エセルはまだ起きているだろうか」そう考えながら色あせたドアの上の鍵穴に太い方のキーを突っ込んでせっかちに回し、続いて下の穴へもう一本の細い方を差し込んだ。

下宿人としてこの家に初めて来たとき、通りに面した一階の正面玄関にも大きくて丈夫な鍵があるのに、どうしてこの6階の入り口のドアにもさらに二つのキーがついているのだろうかと、その念のいった用心深さをいささか怪訝に思ったものだが、後になって家主のエセルにその理由を聞かされ、なるほどと思った。

ここウエストサイド97丁目はマンハッタンでも比較的アップタウンにあたるウエストサイドの一画に位置している。

この地域も今から約半世紀ほど前の1930年くらいまでは、マンハッタンの住宅地の中でも比較的高級地に属していて、住む人々も、上流階級とまではいかないが、その少し下に位置するぐらいの、まずまずのレベルの人が多かった。

しかし年が経って建物が老朽化するに従い、どこからともなく押しかけてくるペルトリコ人が大挙して移り住むようになり、それにつれて前からの古い住人はまるで追われるかのように、次第にイーストサイドの方へ引っ越していった。

そして50年たった今では、もはや上品で優雅であった昔の面影はほとんどなく、その佇まいは煤けたレンガ造りの建物が並ぶ灰色の街というイメージで、スラムとまではいかないが、喧騒と汚濁に満ちた、やたらと犯罪の多い下層階級の街と化してしまったのだ。

住人の多くをスペイン語を話すペルトリコ人が占めているということで、今ではこの地域にはスパニッシュハーレムという新しい名前さえついている。


今年71歳になり、頭髪もほとんど白くなったエセルは、口の端にいっぱい唾をためながら、いかにも昔を懐かしむというふうに、こう話してくれた。

ここまで聞けばどうしてドアに鍵が多いのか修一にも分かった。つまりこの辺りは、犯罪多発地域で、泥棒とか強盗は日常茶飯事であり、ダブルロックはそれから身を守るための住人の自衛手段なのだ。

そう言えば、つい3日前にも、ここから数ブロック先の一○三丁目のアパートで、白人の老女が三人組の黒人に襲われて、ナイフで腕を突き刺されたうえ金品を盗まれたのだ、と昨日の朝、いきつけのチャーリーのカフェで聞いたばかりだ。

 そんなことを思い出しながら、ドアを開け薄暗い通路を進み、正面右手の自分の部屋へと向かった。すぐ右手のエセルの部屋のドアからは明かりはもれていない。

 どうやら今夜はもう眠ったらしい。

今はマンハッタンのミッドナイト。昼間の喧騒が嘘みたいに、辺りは静寂に包まれている。部屋の隅にあるスチームストーブのシュルシュルという音だけが、やけに耳についた。(つづく)


次回予定 5月31日(土)





2014年5月26日月曜日

女子サッカーアジアカップのTV実況中継 ・ 絶叫して日本を応援するアナウンサーに疑問



女子サッカーアジアカップの実況中継で、アナウンサーが我を忘れたように絶叫して日本チームを応援していまいた。


今どきのスポーツ国際大会の実況放送で、これほどの身贔屓な絶叫を聞くことも珍しいことでした。


このアナウンサーの、完全に冷静さを失っていたような相手チームを思いやらない身贔屓な実況放送は聞き苦しいことこの上ありませんでした。


たかがサッカーのアジア地区国際試合ごときで、今時ここれほど国粋主義者とも思えるアナウンサーがいるとは驚きでした。


サッカーにしろ何にしろ、スポーツの試合では強いところが勝つのが常識です。


したがって日本が勝ったのも、日本のほうが相手国より実力が上回っていただけですから、何もオーバーに騒ぎ立てることはないのです。


繰り返しますが、スポーツに限らず、あらゆる戦いにおいては強いものが勝つのです。


ですから、傍らにいる者は結果についてあまり騒がない方がいいいのです。


騒ぐと負けた相手を刺激して反感を買うだけなのです。


でも今回の実況担当のアナウンサーは、そのことをわきまえていなかったようです。


それだけに、意味のない日本贔屓のセリフばかりを絶叫する常軌を逸したエキサイトぶりは

見る者には異常そのものに映りました。



2014年5月18日日曜日

若田さん宇宙ステーションから帰還 ・ 滞在費用、1日1億円強?

宇宙ステーションに対するわが国の巨額費用負担が問題になっている

若田さんが宇宙ステーションから帰還したことが話題になっています。


さて宇宙開発といえば、いかにも壮大で、人類に夢を与えるような大プロジェクトのようにも思えます。


しかしこれに要する莫大な費用を考えると、首を傾げたくなる人は多いのではないでしょうか。


もちろん費用の大半はアメリカが負担しているのですが、次に多いのが日本なのです。この宇宙開発に日本は年間400億円も負担しているのです。


年間400億円といえば、1日に換算すると1億円以上にもなるのです。


もっともそれだけ価値があることならいいのですが、最近になって、関係者の間でもコストパフォーマンス的に合わないないという意見が噴出しているというのです。


そのためこの先の予算については、新たな検討が予定されているそうです。


こうした宇宙開発に対する巨額の費用についてはメディアはあまり触れませんが、いったいそれでいいのでしょうか。


例えば子供たちに対しては、こうした費用についてはっきりれ伝えなければ宇宙飛行士に対しての間違ったイメージが作られていくのではないでしょうか。


つまり宇宙飛行士のことを誤解して、いたずらに英雄視してしまうのです。


こうしたことを避けるために、子供たちには次のように伝えるのはどうでしょうか。


「日本人が宇宙飛行士になって宇宙ステーションに行けるのは、それ相当の費用を払っているからです」

というふうにです。


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宇宙開発国別負担費用
2010年までの国際宇宙ステーション計画における各国の支出は、
アメリカが6兆4400億円(585億ドル)
日本が7100億円
欧州が4600億円(35億ユーロ)
カナダが1400億円(17億カナダドル)

2011年から2015年までの5年間の各国の予想支出は、
アメリカが1兆8900億円(172億ドル)
日本が2000億円
欧州が2500億円(19億ユーロ)
カナダが250億円(3億カナダドル)

なおロシアは自国管轄部分の費用をすべて負担し、同時にその全ての利用権を所有している。

データはウィキペディアより

2014年5月16日金曜日

この記事がおもしろい! ・ オーストラリア人の94%が反捕鯨の理由  ニューズウィーク




捕鯨問題はオーストラリア国民が党派の枠を超えて結束できる数少ないテーマだ 
デボラ・ホジソン (シドニー)

聖なる動物 オーストラリア人にとって鯨は国家のシンボルに 


 オーストラリア大陸の南、タスマニア島のホバート港に環境保護団体シーシェパードの船が入港すると、スティーブン・ハーウィン(39)と10歳の双子の息子たち、7歳の娘はいつも港に駆け付ける。

自家製のケーキと、家庭菜園で採れた野菜を差し入れして、日本の捕鯨船と戦っているシーシェパードへの感謝の気持ちを表すためだ。


 国際司法裁判所(ICJ)が先週、日本の南極海における調査捕鯨の即時停止を求める判決を下すと、ハーウィン一家は大喜びした。「重要な先例になる判決だ。

この海域でクジラを捕ってはならないということが認められた」と、タスマニア大学の博士課程に在籍するハーウィンは言う。「捕鯨業者がクジラを養殖して捕るのは勝手だが、私たちの海では捕鯨をしないでほしい」


 ごく普通の礼儀正しいオーストラリア人がここまできっぱり反捕鯨を主張することに、多くの日本人は驚くかもしれないが、捕鯨問題ほどオーストラリア国民が熱烈に結束できるテーマはない。10年1月に1000人を対象に行われた世論調査では、94%が捕鯨反対と答えた。


 反捕鯨は、党派の枠を超えた政策になっている。環境保護派の「緑の党」に始まり、左派の労働党、保守派の自由党と国民党に至るまであらゆる政党が捕鯨中止を訴えてきた。


 1788年にイギリス人の入植が始まって以来、1979年に禁漁を定めるまで、オーストラリアは鯨油目当てにクジラの捕獲を大々的に行っていた。その結果、東海岸ではザトウクジラが絶滅寸前まで追い込まれた時期もあった。


「神聖な生物」と言うが

 しかし、オーストラリアは捕鯨に対する方針を転換し、クジラの「最大の敵」から「最大の味方」に変身した。今では、シドニー湾でザトウクジラの群れを見たり、巨大なサンゴ礁のグレートバリアリーフでミンククジラと一緒に泳いだりすることもできるようになった。


 オーストラリアは、お世辞にも野生動物保護の優等生とは呼べない国だ(17世紀以降の世界の哺乳類絶滅の3分の1は、オーストラリアで起きた)。クジラは、そんなオーストラリアが自然を保護していることを示す実例になるとも期待されている。


 今やクジラは巨大なビジネスになっている。クジラ関連の観光収入は年間3億豪ドルにも上る。


 それだけではない。オーストラリア人の間で、クジラは国のシンボルと位置付けられるようになった。「私たちにとって神聖な生物だ」と、地元のジャーナリスト、アンドルー・ダービーは言う。「日本人にとってのツルのような存在と言えるかもしれない」


 オーストラリア人は南極海を自分たちの裏庭と見なしているので、この海域のクジラへの思い入れが一層強まっている面もあるようだ。世界には80種類以上のクジラがいて、それぞれ絶滅の危険度は違うが、オーストラリアにとってそれは問題でない。クジラはクジラなのだ。


 多くの日本人の目には、オーストラリア人の態度は二枚舌に映るだろう。何しろ、オーストラリアでは毎年、3万〜6万9000頭のカンガルーが射殺されたり撲殺されたりしている。


 頭数が増え過ぎているとの理由でそれが認められているのだが、生態系コンサルタントのレイモンド・ムジャドウェシュの調査によれば、カンガルーの頭数は大幅に減っているという。


「カンガルーを殺すのをやめるよう、日本がオーストラリアに圧力をかけるのは大歓迎だ」と、筋金入りの反捕鯨派でもあるムジャドウェシュは言う。「自分たちの二枚舌を棚上げしたまま、反捕鯨を主張し続けるわけにはいかない」


 いずれ、「野生動物の敵」という批判の矛先がオーストラリアに向けられる日が来るのかもしれない。


ニューズウィーク日本版 2014年4月15日号


2014年5月14日水曜日

こんなユニークな本があったとは!・ 書評 「職業治験 ・ 治験で1000万円稼いだ男の病的な日々」 八雲星次著  幻冬舎



これが知られざる”治験”の内幕だ!

世の中には怪しい仕事とか危ない仕事と呼ばれるような、どことなく闇の匂いが漂う職業が存在していますが、治験という仕事もそのうちの一つではないでしょうか。


この本の著者は自称その道のプロであり、この治験だけで7年間に1000万円以上稼いだというツワモノなのです。


皆さんは治験がどのような仕事なのかご存知でしょうか。治験とは薬品メーカーが開発した新薬を発売するに当たって、その安全性や効果を試すためのテストなのです。


もちろんそうしたテストは、最初はマウスなどの動物を使って行われますが、それである程度安全性が確認されると、次は実際にヒトを使って試すことになるなのです。


そのためには対象になる人が必要になります。でもそうした対象者の募集は一般の仕事のような募集方法はとられてはおらず、関係者間の口コミや、ネットなどによる特殊な方法によって極めて密かに行われています。


それ故にいまだに人々にはその内情が知られていないのです。


とは言え、治験は厚生労働省が認めた正当な医療行為であり、”闇の仕事”と断定することはできません。


ただし仕事の内容が、いわば人体実験的なことであるだけに、事情をよく知らない人々の間では、その危険性ばかりが強調され。大げさに伝えられてきたのです。


そのせいで一部ではいまだに治験のことを”怪しくて危ない仕事”として捉えている人たちがいるのも確かです。


それにこれまで治験について詳しく解説するような書物がほとんど無く、その内幕があまり語られてこなかったのも、怪しい目で見られた原因ではないでしょうか。


この本では7年の間に365日間も治験で入院したという筆者が、治験のすべてについて赤裸々に語っています。


その内容の一部をここでご紹介するとすれば、治験で受ける検査には、別にたいした苦痛がないにもかかわらず、<日当が2万円もあること>、<食事が一般的な病院食とは違い、非常に豪華であること>、<娯楽室があり退屈しないこと>、などのメリットを挙げることができます。


こうした中で、最大のメリットはなんといても報酬であり、期間が3週間ぐらいの治験だと、報酬の総額が50万円以上になるというのです。


その上衣食住がタダ(期間中は病院から一歩も出ないので衣は元々要らない)であり、これほどいい商売は他にないと、筆者は強調しています。


それ故に筆者に限らず、1度経験した者は病みつきになってしまい、治験から足が抜けられなくなってしまって、いつの間にかこの道のプロと呼ばれるようになっていく人も少なくないと、筆者は語っています。、


筆者は就職した会社(一部上場企業)をすぐ辞めてしまったとは言え、一流大学出身のかなりのインテリです。


しかも兄が医者であるといいますから、どちらかと言えば上流家庭に育った身であり、それ故に両親は治験の仕事から早く身を引いて欲しいと、著者に懇願しているという話です。


とにかく、滅多にお目にかからないようなユニークな本ですから、変わった本が読みたい方には是非おすすめしたい一冊です。


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書 名   「職業治験・治験で1000万円稼いだ男の病的な日々」

著 者   八雲 星次

出版社   幻冬舎

価 格   1200円+税

発行日   2013年9月10日

2014年5月11日日曜日

すっかり洗練されたわが街に、近ごろ行列のできる店が増えてきた

Auntie Anne'sやパブロは左側のビル1Fにある




4年前と比べ、一変した姫路駅前の風景
 
私が住んでいるのは世界遺産「国宝姫路城」でもよく知られている兵庫県姫路市です。でも別名「白鷺城」とも呼ばれる美しいお城の姿はもう4年間ずっと目にしていません。


それは平成の大改修と銘打った改修工事のため、お城全体がテントですっぽり覆われてしまったからです。


でも後1年でそのベールもすべて取り払われますから、来年3月には再び優美な姿を見せてくれます。


それはともかく、お城の大改修にあわせるようにして、市の都市計画の一環としてJR姫路駅前周辺の大整備が行われました。

こちらの方はお城の改修に先駆けて、この春似工事がほぼ終了しました。


この整備は市が大きな予算をかけて行った大掛かりなものだけに、駅前の風景は4年前に比べて一変しました。


以前は人口50万人の街にしては、都市として機能がやや乏しく、そのうえ洗練された都会の華やかさがあまり感じられませんでした。


そのため若者たちの中には、そうしたものを求めて、休日には神戸や大阪まで足を運んでいた人が多かったようです。


しかし、今ではすっかり垢抜けした都会的な雰囲気を持つ街に一変しました。おそらく数年ぶりにこの街を訪れた人は、その変貌振りに驚くのではないかと、思うほどなのです。


こうしたこともあって、今では以前のように都市の雰囲気を求めて、わざわざ神戸や大阪まで足を運ぶ人は、うんと少なくなったのではないでしょうか。


都市の雰囲気をよく表しているのは若者(特に女子)による店の前の行列です。


それも一つやふたつでなく、駅前周辺だけでも私が知っている限りで少なくても4店あります。


そのうち以前からある店は一軒だけで、後の3店はすべてこの春開店したところばかりです。


それらの店は開店以来ずっと、店の前に長い行列ができているのです。



ではそれほど行列ができる店とはどんな店なのか、ここでご紹介することにします。


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姫路駅前の行列ができる店とは

☆<ソフトプレッツェル専門店・Auntie Anne's 
姫路駅前(開店3週間)


☆<チーズタルト・パブロ
姫路駅前(開店3週間)


☆<星乃珈琲店
駅南大通り(開店1ヶ月)


☆<ベルギーワッフル・マネケン
姫路駅前(この店のみ3年前からある)

2014年5月8日木曜日

中日の濱田投手・若干19歳の身でタイガース戦を完投し、三振11で見事シャットアウトを達成!
















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ドラゴンズ濱田の台頭で、2013年高卒ルーキーの”3羽ガラス”からますます目が離せない!


5月7日にナゴヤ球場で行われたプロ野球「阪神対中日」の試合は圧巻でした。


何が圧巻なのかといえば、今シーズン初めて一群で登板した、ドラゴンズの濱田投手が19歳の高卒ルーキーとは思えない見事なピッチングです。


なんとベテラン投手にも滅多に見られない、9回を1人で投げ抜くという見事なピッチングを見せてくれたのです。


しかもその内容たるや、阪神タイガースを「7対0」でシャットアウトするという見事さです。


また投球内容がすばらしく、許したヒットは6本だけで、おまけに二桁の11個もの三振を取ったのです。


こうした内容も内容ながら、、その投球ぶりは実に見事なもので、足を大きく上げ、じゅうぶんに腕を振っての投球フォームは見ていて惚れ惚れするぐらいした。


この濱田投手は、2013年の高卒ルーキーでは、阪神の藤浪、日ハム大谷と並んで高卒ルーキーの3羽ガラスと呼ばれたうちの一人なのですが、藤浪と大谷に比べるとやや出遅れていました。


でも5月7日の阪神戦での見事な活躍で、藤浪や大谷に勝るとも劣らないほどの実力をはっきり証明してくれました。


これからは阪神の藤浪、日ハムの大谷とともに、中日の濱田からも決して目を離すことができません。