2014年7月13日日曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第21回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第3章・夜のセントメモリアル病院(その3)



マンハッタン西97丁目 第3章「夜のセントメモリアル病院」(その3)
 
 マンハッタンに二度目の雪が積もった日の朝、修一は寝坊して十時を回って目を覚ました。その前の晩、仕事から帰って久しぶりにオーシマホテルの部長秘書の木内さんに手紙を書いた。そのためベッドに入ったのは一時を回ってからだった。

 彼女へはこちらへ着いてすぐ絵葉書を送って以来のことである。帰ってみると彼女から早々とクリスマスカードが届いており、その夜の手紙にはそれに対する御礼の意味も含んでいたのだ。修一はその手紙にニューヨークの気候のこと、クリスマス前の街の様子、職場エールトンホテルのこと、そして下宿の女主人エセルのことと書いていったが、なぜかバーマのことについては一行も触れなかった。

 
 十一時近くになってやっとベッドを抜け出し窓から外を見た。そしてあたり一面が真っ白になっているのに気がついた。

 タイムズスクエアーに出かけたこの前の日は、ほんのうっすらと積もっただけであったが、この日の雪は見たところ五~六センチはあろうかと思えるほどの厚みで積もっていた。修一はなんとなく今度の雪は溶けずにそのまま道路に凍結するのではないかと思った。
 
 バーマはすでに出かけていた。いつも十時ごろ下宿を出る彼女は、もうこの時間だと学校へ着いているだろう。それにしても、もし道路が凍結でもしたら、百十六丁目から歩いて帰るのは大変だろう。
 修一はそう思ってバーマの帰途を案じた。エセルも居なかった。この積雪だと外へ出かけるはずはない。 多分この時間によく行く地下の洗濯室にでも居るんだろう。

 洗面を終えてリビングへ出たとき、ドアを開け放していた修一の部屋のラジオからイスラエル航空のすごくムーディーなコマーシャルソングが流れていた。

 これまで何度か聴いたことがあるが、思わずうっとりと聞きほれてしまうほどのすばらしい旋律で、聴けば聴くほど良い曲に思えた。

 入口のドアの方へ向かってリビングのソファに座ってボンヤリしていると、キチンの向こうにバーマの部屋のドアが見えた。

 何気なくその白いドアを見ていた修一は、ふとドアがきっちり閉められておらず二センチほど隙間ができているのに気がついた。バーマが不注意できっちり閉めなかったのだろうか? この家の各部屋は内側からはできても、外側からは施錠できない。だからどの部屋でも入ろうと思えばいつでもすぐに入れるのだ。

 ましてや今日は隙間さえ開いている。
 バーマがここへ来る前、まだ空室だったとき修一は何度かその部屋を覗いたことはあったが、彼女が入居してからはまだ一度も内部を見たことがない。

 中の様子と言えば、バーマが部屋に居て、時々ドアを三分ほで開いていたりすることがあり、そんな時、窓の下に置いている年代物の机の一部分と、そこに座っている彼女の背中を垣間見るぐらいである。そんなことを考えていると、修一は今すぐバーマの部屋の中を見てみたい、という気持ちが次第に強くなっていくのを感じた。 修一は決心してソファを立った。エセルが帰ってきたらどうしよう?と一瞬思ったが、バーマの部屋はドアから近く、ダブルロックを外す音ですぐ気が付くだろうと、それほど気にはしなかった。

 ドアの前まで進んだときはさすがに少し躊躇した。それでもドキドキする気持ちを抑えながらゆっくりとドアノブを引っ張った。

 細長い部屋の正面奥には古びたクロゼットが一つあった。修一の部屋のものと比べて一回り小さくデザインも違ったものだ。

 ドアを開けたまま部屋に一歩踏み入れて、いつもドアの隙間から見える窓の下の机とは反対の方へ目をやった。そしてそこにある壁にピッタリとくっつけられて置かれたベッドの上を見たとき、修一はオヤッと思った。

 茶色のベッドカバーの上に所狭しとばかり白いものが点々と並べてあるのだ。
 いったいあれは何だろう? そう思いながらベッドに近づいていった。十歩ほど前に進んでそれが何であるか理解したとき、急にドキッと胸が高鳴るのを覚え、すぐその後で顔が熱く火照るのを感じた。

 ベッドの上を占領していたのはバーマの下着だったのである。彼女は脱水機から取り出したそれらのものを乾かすために並べていたのだ。

 一枚のうすいピンク色のブラジャーを除いてあとは全部白であり、それらは眩しく、かつ艶かしく修一の目を捕らえた。

 しばらくの間身動き一つせずそれらを凝視していた。そして見るだけでは満足できず、ついに手を伸ばしてその中から一枚の下着を掴んだ。

 それは大柄なバーマのものとは思えないほど生地の少ない花柄の刺繍の入ったパンティであった。修一はなぜか足がガクガクして立っておられず、両膝をフロアについた。そして手にしたパンティを一気に顔へ押し当てた。

 干草のような甘酸っぱいなんとも言えない良い匂いがした。それから二枚目、三枚目と下着を掴むと同じように顔へ押し当てた。

 まだよく乾ききっていなかったためか、修一の口の熱い息がそれにかかって水蒸気となり、いっそうバーマの体臭をかき立てているようであった。

 修一は胸いっぱいその匂いを吸い込みながら、彼女の白い裸体を思い浮かべていた。修一が何枚目かの物を顔から離したとき、ドアの方でカチッと鍵の外れる音がした。エセルが帰ってきたのだ。

 修一は急いでそれをベッドの上へ戻して、急いでバーマの部屋を出て、エセルが入ってきたときにはもうリビングのソファに腰掛けていた。

 修一は別段女性の下着に興味を持っているわけではなかった。バーマの部屋でそれらを顔に押し当てたりしたのは日ごろから彼女の裸体を想像したりして悩ましく思っており、それが衝動となって知らないうちにああした行動につながっただけなのだ。それにしても人に知られたら恥ずかしいことに違いない。そう思いからか、修一は後になって、なんとも浅ましいことをしたものだ、と自分自身を卑下した。

 そして、その後何食わぬ顔をしてバーマに会う自分を想像したりして、しばらくの間は嫌な気持ちが頭を離れなかった。

 それだけでなく、このことでバーマに何か大きな借りができたような気持ちにもなっていた。

(つづく)次回  7月16日(水)

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