2014年7月19日土曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第23回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第3章・夜のセントメモリアル病院(その5)



マンハッタン西97丁目 第3章「夜のセントメモリアル病院」(その5) 

 エールトンの仕事はその日も十二時ジャストに終わった。いつものように隣のブロックにあるペンステーションまで歩いて行き、そこからアップタウンに向かう電車に乗った。ここマンハッタンには不夜城と呼ばれるタイムズスクエアーをはじめ多くの歓楽街があちこちにあるためか、すでに十二時を過ぎていると言うのに地下鉄の乗客数は昼間とさして変わらない。

 でも数こそそうであれ、その客層は、というと、さすがに昼間とは趣を異にしており、白人は数えるほどで、そのほとんどを黒人とペルトリコ人が占めていた。

 もちろん昼間のように上品ぶった客ばかりではなく、飲んだくれてわめき散らす黒人男とか、獲物を探して鋭い目を車内のあちこちに向けてるスペイン人だとかが混じっていたことは言うまでもない。

 そうした乗客も七二丁目ぐらいからのアッパーウエストと呼ばれるエリアでまずペルトリコ人が、そして百二十五丁目のハーレムでは黒人のほとんどが降りて行き、その先はガラガラになるに違いない。

 空席がなかったので修一はドアのそばに立っていた。
 ちょうど修一と反対側のドアの側に黒人の太った男が立っていた。
 その男は修一と目が合ったとき人なつっこそうにニコッとした。つられて修一も笑顔を返した。

 でもそれがいけなかったらしい。男はその後ずっと修一から視線を離さないのだ。「ハハーン、この男なにか勘違いしているな」修一はそう思ってなるべく男の方を見ないようにした。

 ニューヨークは世界中の都市の中で一番と言われるほどホモのメッカなのである。

 かの有名なグリニッッチビレッジの一角にはゲイボーイたちの集まる通称「ゲイストリート」と呼ばれる地域もあるくらいなのだ。

 普段はそこでたむろしているゲイたちも、時には地下鉄などに乗って移動し、新しい獲物を求めているのである。いま目の前に立っている男も多分その種の奴に違いない。そう修一は思った。こちらへ来てまで一週間ぐらいしかたたない頃、同じように地下鉄構内でこの手の男につけ回されて苦労したことがあった。

 でもそのときは昼間であったので雑踏へ紛れこんでうまく相手をかわすことができた。しかし今回は夜である。つけて来られて暗闇で腕でも掴まれたらやばい。

 なにぶん相手は百キロ以上もあろうかというほどの大男である。
 そうなれば六二キロの修一の力では容易に振りほどくことはできないだろう。

 そう思うとだんだん不安になってきた。なんとかして早くこの男の前から逃れなくては。でも下手に動けば着いてくるだけだろう。

 そこで修一は一策を弄した。電車が七二丁目の駅に止まったら一旦そこで降りよう。そしてそこでこの男を巻こう。そう決めて電車がホームへ入る前からタイミングを計っていた。電車が止まりドアが開き、数人が降り数人が乗り込んできた。

 そこで降りるはずの修一はそれでもまだ動かなかった。発車を告げる五秒ほどの短いブザー鳴り止んでドアがガタッと閉まりかけたとき、修一はサッと身をかわしてホームへ下りた。背中をかするようにしてドアが閉まった。

「やった。成功!」と思い、振り返ってドアのガラス越しに男を見た。
 その男の表情からは、もはや先ほどの笑みは消え、いかにも忌々しげにこちらを見ていた。         
 そんなことがあったおかげで、その日修一が下宿に帰ったのはいつもより三十分以上も遅く、時計は午前一時を大きく回っていた。部屋に入るなり、なんだか一気に疲れを感じ、服の脱ぐのも億劫な気がして、そのままゴロッとベッドへ横たわった。

 この日はいろいろありすぎた。朝起きてまず積もった雪に驚かされ、留守中のバーマの部屋へ忍び込んでの人に言えないあの恥ずかしい行動。

 そして日本クラブで日本の新聞に熱中。さらに、つい先ほどの地下鉄での出来事。 

 このめまぐるしい一日の流れは修一の気持ちを高ぶらせ、かつ緊張させていた。

 大の字にベッドに横たわって天井を向いて二~三度大きく息をした。

 ニューヨークへ来てあと五日もすれば二ヶ月になる。仕事にも慣れた。生活にも慣れた。山崎をはじめ、こちらでの友人も増えて。そしてすぐ側にはいつも心ときめかすバーマがいる。こうした環境の中でまだ十ヶ月も残っているここでの生活は今後どのように変化していくのであろうか?
 
 修一は胸の中で想像をめぐらせた。 バーマとのことは決してこのままで終わらせたくない。男と女が話をして終わるだけではつまらないことこの上ない

 早く二人の関係をもっとそれらしいものに発展させなければいけない。

 脳裏に昼間見たベッドの上のバーマの下着が浮かんできた。
 あの下着を着けた彼女の姿を早くこの目で見たい。その夜修一はずっとそのことばかりを考えていた。

(つづく)次回  7月20日(日)

2014年5月 第1回~第2回
2014年6月 第3回~第15回 
2014年7月 第16回~

0 件のコメント: