2014年7月6日日曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第18回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第2章・予期せぬ下宿人(その8)



マンハッタン西97丁目 第2章「予期せぬ下宿人」(その8)

 時計がそろそろ十一時を回ろうとする頃、ホストの山崎が「楽しい話はつきませんが、皆さん明日の仕事がありますのでそろそろお開きにしましょう」と言った。

 修一はまず山崎に丁寧にお礼を述べ、近々エールトンホテルのレストランで一緒に食事でもしましょうと約束した。もちろん今度は修一が招待するつもりであった。

 それから他の出席者六名に一人づつ挨拶して山崎のアパートを出た。

 この夜修一が皆に話したことは、まず下宿の女主人エセルの喘息による咳のこと。
そして新しくやってきた若い女性下宿人バーマのことであった。

 七人はエセルのことでは同情し、バーマのことではしきりに羨ましがっていた。ここでも山崎がやけに年寄りじみた口調で「大野さん、人生はうまいことできていますねえ。悪いことがあれば、必ず良いことがあるんですよ」と言うと、皆がそれに同調して「そうだ、そうだ」というふうに大きくうなづいていた。


 それそろ十二月も半ばに差し掛かる頃であったがこの夜は珍しく暖かかった。
 そんな陽気につられてか、修一はそこから九七丁目のアパートまで歩いて帰ることにした。山崎のアパートを出てすぐブロードウェイの角を右に曲がった
 ブロードウェイと言えば人はすぐ華やかなミュージカルの劇場を想像したりするが、それはミドルタウンの七番街と交差する通称タイムズスクエアーと呼ばれる地域一帯に限ったことで、もうこの辺のアップタウンに来れば他の通りとなんら変わることは無く、道路の両側はびっしりと隙間なく建った十階前後のアパート群である。 ただ何軒かに一軒の割で建物の一階部分がレストランであったり商店であったりして、場末ながらそれなりの賑わいを見せている。

 アップタウンに向かうほど、西の方へ蛇行していくこの通りは、下を走る地下鉄に沿って、ハーレム、ブロンクス方面へと延びていくのである。

 この道を八六丁目まで来て、地下鉄の入り口の前を通り過ぎようとしたとき、階段の方から中年の黒人男が近づいてきて、いきなり「ギブミークォーター」と言った。修一はそれまでに地下鉄に乗るたびにこの手の男にクォーター(二五セント硬貨)をせがまれてきていた。こちらへ来たたばかりでまだ様子の分からなかった頃はかわいそうに思い、ついその要求に応じていたが、しばらくして、これではきりがない、と思い始め、以後その手の要求は一切無視することにしていた。

 修一が無表情で黙って通り過ぎてゆくと、男はなおも同じことを言いながらしつこくついてきた。負けてはならじと今度は強い調子で「ノー」と言うと、それまでよりやや歩調を速めた。それでも男は二~三0メートルほどついてきたが、やっと諦めたのかやがて踵を返して去っていった。
 
 「これでいいのだ」修一はそう思ってさらにいっそう歩を速めてアパートへと戻っていった。
 
 いつものようにガタゴトとドアの鳴るエレベーターを降りて部屋に入ったとき、リビングの前のバスルームからジャージャーとシャワーの流れる音がしていた。

 エセルならいつももっと早い時間に入るので、こんなに遅くはないはずだ。

 そうすると中に居るのはバーマなのか? そう思うと修一は急に胸の動悸が激しくなるのを覚え、なぜだか下腹部に緊張感がみなぎるのを感じた。 

 そのバスルームを横目にしながら部屋に入って腰を下ろした修一の脳裏には、バーマのはち切れんばかりの白い裸体が浮かんできた。そして数時間前のバーティで渡瀬が話していたベッドの上で悶えていたという若い白人女性の裸体とぴったり重なっていき、修一に向かって限りなくセクシーなポーズをとるバーマの悩ましい肢体が次々と浮かんでくるのであった。 

 そしてそれは次第に強い欲情となり激しく修一を襲ってきた。

 それはまるで股間が今にも音を立てて爆発するかと思えるような、抑えることのできない激しいもので、自然と片方の手が下方へ伸びていくことに対して、もうどう抗することもできなかった。
                                                                  (第2章 おわり)


(つづく)次回  7月9日(水)

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