2014年8月17日日曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第35回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第4章・すばらしき1週間(その8)



マンハッタン西97丁目 第4章 「すばらしき1週間」 (その8) 


 「どうだったバーマ?」
 修一は行為の後で一般的に男性がする俗っぽい質問を彼女に向けた。

 「とてもよかったわサミー。なにかこぅ身体が宙に浮いているみたいですごっくいい気持ちだったわ。実はねえ、今だから言うんだけど、わたし以前からサミーとはやくこうなりたい、と思っていたの。わたしどちらかと言えばこうしたことでは消極的は方でしょう。カナダにいたときでもなかなか自分からはチャンスを作れなかったわ。だから過去のこうして経験はたった二度だけなの。サミーとの今夜のようなことは私にとってまだ三度目でしかないのよ。年のわりに遅れていると思うでしょう」

 「それはどうかな。欧米の女性はこうして面での発展家が多いと聴くけど、皆がそうだとは思っていなかったよ。ましてや君はお父さんは高校の教師と言う教育者の立場にある人で、厳格な家庭で育ったみたいだし」

「そのせいもあるけど、むしろ私が遅咲きのせいだと言うことの方が原因として強いわ。わたしねえ、十八歳までずっと女ばかりのミッションスクールへ行ってたの。

 そのせいで大切な思春期に男の子と接する機会がほとんどなかったの。
 大学に入ってからは男の人はたくさんいたのだけど、慣れてないせいか、肝心なところではいつもわたし後ろの方でウジウジしていてチャンスを逃すことが多かったわ」「つまり、家庭が厳格だったのと、男性に慣れていなかったことが原因なんだね」 修一はタバコをくゆらせながらそう相槌を打った。

 「過去の二回のことも、一回は大学の卒業パーティの日に女友達にそそのかされて好きでもなんでもない人となんとなくそうなっただけなの。正直言ってそのときセックスとはこんなに味けないものかと落胆したわ。おまけにその相手からは『この歳で初めてだなんて信じられない』という軽蔑の言葉を投げられたりして、私ショックだったわ。わたしねえ、それからしばらくの間は男性とのそうした交渉は一切もたなかったわ。

 でも確か二十四歳のときだったかしら、初めて自分の方から好きだと思う人が現れたの。その人とはそのとき通っていたトロントにある夜間のアートスクールで知り合ったのだけど、歳は七歳も上の三十一歳で、ドイツ系のカナダ人。仕事はコンピュータの技師をしていると言ってたわ。アートスクールのレッスンが終わった後、絵についていろいろ語り合ううちに次第に惹かれていったの。

 出会って三ヶ月ぐらいしてから彼のアパートでそれを許したとき、最初の経験での落胆とは違って今度はずいぶん充実したものになったわ。もちろん年齢的な彼の落ち着きとリードのうまさがあったからだとは思うのだけど」

「ふーん、そんな経験があったんだ。それでその人とは長く続いたの?」
 修一は興味半分の質問になっていないかと自問しながらそう聞いた。

 それまで仰向けになって喋っていたバーマはくるりと半回転して修一の胸に手を当てながら「それがねえサミー、ひどいな話なのよ。聞いて!」と、こんどはまるで哀願するような口調で話を続けた。

 「そのアートスクールには私を含めて生徒が三十人ばかりいたの。そのうち男性は七~八人であとはほとんどが二十代の女性ばかりで、中には私と違ってずいぶんきれいで魅力的な人も何人かいたわ。ある日レッスンが終わった後、髪の毛を直そうと化粧室に入ったの。

 そこには同じクラスの二人の女性がいたわ。二人とも私と違ってずいぶん派手ないでたちの人なの。鏡に向かって髪に櫛をいれているとき、その二人の会話が聞くともなしに耳に入ってきたわ。最初は他愛のない世間話をしているな、と思って聞いていたんだけど、一方の女性が「マイク」と言う男性の名前を言ったのが突然耳に入ってきたの。わたしハッとして、マイクって私が今付き合っている人のことかしら?。そう思って今度は耳をそばだてて聞いてたの。

 するとどうでしょうl。一方の端正だけどいつもツンとすましていて,まるで感情のない顔立ちの女性の方が、『わたし今日同じクラスのマイクとデートの約束をしてるの』と言ったの。しかも『付き合って一ヶ月しかならないのに今日でもう五回目だわ』と付け加えているのよ。

 わたしもうびっくりして思わず耳を疑ったわ。だってマイクと名のつくのは同じクラスに彼だけだし、やっぱり私の付き合っている人のことだとだんだん分かってきたの。マイクったら、ついその少し前わたしが『今夜食事に付き合って』と誘ったときこう言うの。『残念だけど今日は駄目なんだ。おふくろの誕生日でね。レッスンが終わったらすぐ実家まで車を飛ばさなければいけないんだ』と。

 それで『じゃあ私も一緒に連れてって』と言おうとしたんでけど、まだそれほど親しくはないんだ、と思って、なんとなく気後れを感じてそれは言えなかったわ。でもマイクの言ったことは大嘘、私を断ったのは、こともあろうにクラスの他の女の人とデートするためだったのだわ。それに、考えてみるとその女の人が付き合い始めて一ヶ月だとすると、彼は私をものにした後すご彼女に接近したんだわ。何食わぬ顔をして、悔しいったらなかったわ」

 そう言いながらバーマは本当に悔しそうな表情をして修一の首すじ辺りに目を向けていた。
 「それで君はそのことを直接彼に聞きただしたのかい?」
 手を彼女の首の下に回して修一はバーマに優しく尋ねた。

 「いいえ、そうはしなかったわ。そのかわり翌日からはもうそのアートスクールに行かなかったの」
 「つまり止めたのかい?」
 「ええそう。なぜって、その事実を知ってから二度とマイクの顔も相手の女性の顔も見たくなかったの。それにはスクールを辞めるしかないと思ったわ。本当は修了証書が貰えるまであと一ヶ月ぐらいしか残っていなかったので、なんとか最後までと思ったのだけど、私にはできなかったわ」

 「ふーん、キミってなかなか潔癖なんだね。それでそのドンファン氏からはその後連絡があったのかい?」
「二~三度電話があったみたい。でもわたし、何も話すことはないと言ってすぐ切ったわ」そういいながらバーマは修一の腕からゆっくりと頭を外し、くるりと身体を回転させてうつ伏せになった。つられて修一も同じようにした。
 シーツにくるまれた彼女の腰から臀部にかけての曲線が修一の目にまぶしく映り、身体に再び回復する気配を感じさせた。気を落ち着かせようとタバコに火をつけて深く吸い込んだ。

 「私の過去の男性経験と言えばたかがこんなものなのよ。 どう?くだらないでしょう」 「別にくだらないとは思わないけど、要するに過去二人の男性がいずれも不真面目な連中だっただけで、最初がそうだったために君としてはやや男性不信に陥ってしまった。そうだろう?」 「その通りだわ。それから今日まで、もうどんな男にも指一本触らせなかったわ。五年以上もよ」
 
 そう言いながらバーマは修一のほうを向いてクスッと笑った。
「ということは僕は君のとって五年ぶり三人目の男というわけか」
「その通りだわ。しかも三度目の正直で、今度こそいい人に当たったみたいだし」

 いい人などと言われて修一はくすぐったい気がした。はたしていい人が留守の女性の部屋に入って下着をまさぐったり、入浴姿を盗み見しようと、壁に穴を開けようとしたりするであろうか。そんなことを考えながら修一は黙ってタバコをふかしていた。 「ねえサミー、今だから言うんだけど、実はわたし何度かあなたを誘惑しようとしたことがあるの」バーマが突然驚くべきことを言った。

 「えっ、今なんて言った? 君が僕を誘惑しようとしただって! いったいそれはどういうこと?」修一はその意味が皆目分からず怪訝な表情で尋ねた。

 「あれは私がこのアパートへ来て一週間ぐらいのときだったと思うわ。部屋で洗濯した下着を整理しながらサミーのことを考えていたの。そのときふと、ひょっとしてこの下着をサミーに見せたら、と思ったの。幸い部屋は外から施錠できないし、出るとき少しドアの隙間を空けていたら、サミーが興味半分にここへ入ってくるかもしれない。そう考えて、わたしなるべく派手な下着ばかり選んでベッドの上に並べたておいたの。乾かしているように見せかけてね」

 バーマのこの予期せぬ告白に修一は内心すっかり慌ててしまった。まさか!とも思った。これまで思い出すたびに恥ずかしくて仕方がなかったあのことが、彼女に仕組まれたことだったとは。これが驚かずにいられようか。でも、ドキドキして落ち着かない気持ちをかろうじて抑えると、 

 「下着をベッドの上に並べただって?君も面白いことをするんだねえ」などと言ってしらばっくれていた。

 「そうなのよ。おかしいでしょう。それから学校へ行ったんだけど、、帰ってくるまでずっと、どうかあれをサミーが見てくれたらいいのになあ、って願ってたわ。ところが帰ってきてベッドの上を見ると何一つ並べたときと様子が変わっていないじゃない。わたしガッカリしたわ。サミーはやっぱりここへは入ってこなかったのだと」 「ふーん」と返事はしたものの、修一はそのあと言葉に詰まった。

 ここで「実は僕はキミの思惑通り部屋に入ったんだよ」と応えてしまっていいものかどうか、そして見るだけでなく、それに顔を埋めたりしたのだ。ということを。

 修一のそんな気持ちを知るよしもなく、バーマがまた口を開いた。

 「それからわたしこんなこともしたの。ある夜バスルームへシャワーを浴びに行ったの。そのときサミーが部屋にいることは知ってたわ。あなたの部屋ってバスルームと壁続きでしょう? それでなんとか私がバスルームに入っていることを気付かそうと思って、シャワーをを思いっきりだしてそれからわざとバシャバシャと大きな音を立てるようにしたわ。その音をサミーに聞いてほしいと思ったの。それからわたし、今ここにサミーが入ってくればいいのになあ、なんて考えていたの。

 でもいくら音を立てても何の音沙汰もなくてガッカリしたわ」
「音沙汰がないどころか、こっちはこっちでそのとき大変だったんだ」よほどそう言おうとしたのだが、またしても言葉にならなかった。そのかわりに「さっきの下着のことといい、このバスルームのことといい、キミも見かけによらずずいぶん大胆なことをするんだねえ」と、つじつま合わせのセルフを吐いていた。

 ここまでバーマの話を聞いて修一ははっきり気がついた。今夜彼女とこうなったプロセスにおいて、その主導権はすべて彼女にあったのだと。自分はやたらと陰でごそごそしただけで、なんら意思表示のための積極的行動はとっていなかったのだ。

 女でもここまで言えるというのに、われながらなんと情けないことか。これでは単に結果よしの棚ボタと変わらないではないか。 そんなふうにあれこれと考えた末、「よし、この際自分の行動についてもはっきり言っておこうと決意した。

 「実はねえバーマ」寝返りを打ちながらそう言った修一の言葉に何の反応も返ってこなかった。そのかわりに聞こえてきたのは「スヤスヤ」という心地よさそうな寝息の音だけであった。

 「あーあ、またしても」と、軽いため息をついて目を閉じると、修一にもドッと睡魔が襲ってきた。 (第4章 おわり)

(つづく)次回  8月20日(水)


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