2014年9月28日日曜日

手書きとタイピング ・ どちらが速く書けるか?



書くことが仕事になっている人は書くスピードを考えないわけにはいかない

手書きとタイピングではどちらがスピードが速いか、という問題は、物を書く人なら一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

パソコン全盛時代の今では、誰でもがワードなどを使ってパソコンで気軽に文章が書けるからです。

とはいえ文章を書く機会が少ない人にとっては、スピードはそれほど大きな問題ではないかもしれません。

ましてや今は携帯電話の時代ですから、書く代わりに通話で簡単に用件を伝えることができます。

つまり伝達のためにあえて文章を書く必要がないのです。

したがってこういう人たちは文章を書くスピードには関心がないのです。

しかし書くことが仕事の一部であったり、また書くことそのものが仕事である人にとっては、スピードは大きな問題です。

なぜなら仕事というものには絶えず効率が求められるからです。

したがって、こうした人が仕事の効率を考えたとき、手書きとタイピングのスピードの違いについて思いを馳せるのは当然のことなのです。


タイピングの方が手書きより数倍速い

もちろんタイピングスキルによって異なってきますが、少なくてもタッチタイピングをマスターしている人なら、手書きよりタイピングの方がスピードが速いのは明らかです。

普通の人でもそうですから、これがタッチタイピング上級者にもなると手書きより5倍ぐらい速いと言われています。

5倍と言えば、手書きで単語を10書くうちに、タイピングでは50も書けることになるのです。

それに一度書いたものは削除や訂正のための作業が必ずと言っていいほど必要になってきますが、手書きの場合とタイピングの場合では、これにかかる時間が大きく違います。

もちろんタイピングのほうがうんと速くできることは言うまでもありません。


タッチタイピングを習得すれば、考えながら文章が書ける

「タイピングで文章を書くときは考えながら文章を書くことができないと」という声をときどき聞くことがあります。

理由はキーボーで文字を探すのに気を取られ、考えることに集中できないから、というものです。

でもそうでしょうか。もしそうだとすれば、それはタッチタイピングスキルがない人で、キーボードを見ながらタイピングをする人のことを言っているのではないでしょうか。

確かにこの場合ならそう言えるでしょう。

キーボードの文字を探しながらのタイピングではスピードが半減します。

それだけでなく、文字探しに気をとられるため、思考力が鈍りますから創造的な文章を書くには適していません。

でもタッチタイピングのスキルのある人なら、そんなことはまったくありません。

タッチタイピングとはキーボードを見ないで文字を打つ技術です。

したがって文字を探すことに気を使うことはありません。ということは、絶えず考えながら文章を作っていくことができるのです。

ですからタッチタイピングさえ習得していれば、どのような文章でも手書きより速く書けるのは明らかです。



2014年9月23日火曜日

いまどきの100円ショップ ・ スーパーより高い物も珍しくない



100円ショップにはスーパーより高いものが案外たくさんある

100円ショップ今ではなくてはならないものとして、すっかり人々の生活に溶け込んでいます。


100円というコイン一つでありとあらゆる物が購入できる利便性が人々を魅了して今日まで繁栄と成長を続けてきたのではないでしょうか。


でも最近では100円という値段にも、以前のような割安感が感じられなくなったのではないでしょうか。


それだけでなく、物によってはスーパーなどより高い場合もよくあるのです。


ごく最近でもスーパーでは70円台の袋入りの<あじ塩>や、同じく75円のペットボトル入り<天然水>などが堂々と100円で販売されているのを発見しました。


こんな例はほんの一部で、商品をくまなく点検すれば、スーパーより高い品物はまだまだたくさんあるのではないでしょうか。


以下はYahoo知恵袋によるスーパーより高い品物の一例です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1冊売りの方眼ノートはスーパーなら3冊で200円くらいですね。
袋のスナック菓子も大抵スーパーの方が安く売っています。
封筒も入っている量で換算すると100円ショップは大抵高く付きます。
花壇の肥料なども100円で買える分だけと言う場合はそれでいいのですが
たくさんほしい時はホームセンターの方が半分くらいの価格になります。
キッチンペーパー、油こし紙はスーパーの方が安いです。
カセットボンベはスーパーの3本パック、ティッシュはDSの5個パックの方が断然お得です。
飲み物ですね。ペットボトルもスーパーのほうが安いですし、2本で100円などの缶ドリンクも他では138円などで売っています。
あとはラップやアルミホイル・・・これも結構高いと思ます。
私も何でも100円ショップより安い物はないと思っていたので、電動ドリルの芯を100円ショップで3本買って315円払ったのですが、あるときホームセンターで見たら3本300円(税込み)で売っていました。
消しゴムやメモ用紙です。ホームセンターで買った方が安いです。
カップラーメンやチョコ、ガムなどの食料品。
スーパーやドラッグストアなら100円以下で買えます。
紙の皿。100円ショップで買ってから、近くのスーパーに行ったら、
78円で売っていた(全く同じ物でした)。
つまようじ、ビニール袋、お茶パック、バラン、

スーパーで同じ量で安いことがある。
電器店で80円のカセットテープ 


Yahoo知恵袋より



2014年9月22日月曜日

今の日本、多いのは高齢者だけではない ・ なんと空家が820万戸もある! 7軒に1軒が空家という現実



これ以上空き家を増やしてはならない!早急に空家対策に取り組むべきとき

高齢化社会真っ只中にあるわが国では65歳以上の人口が実に全人口の25%以上に達し、その数は3000万人を超えました。


つまり今の日本は4人に1人が高齢者なのです。



でも驚くのは高齢者の数だけではありません。高齢化社会はまた別の問題も生み出しているのです。


それは人間とともに古くなった住宅の問題です。驚くなかれ、いまわが国には820万戸も人の住まない空家があるのです。


820万戸と言えば空家率は13.5%になり総個数の7分に1にあたりますから、住居の7軒に1軒は空家ということになるのです。


でもひとつ不思議な点があります。それはこれだけ空家が多いのに、住居費は少しも下がっていないことです。


つまり中古住宅価格や賃貸住宅の家賃は高止まりのままなのです。いったいこれはなぜなのでしょうか。


それに空家のままで放置しておけば治安も悪くなりますから、近所の人の迷惑になるのではないでしょうか。それなのになぜ空家が取り壊されないのはなぜなのでしょうか。


それは日本の税制が邪魔をしているからです。つまり取り壊して土地だけにすると税金がうんと高くなるからなのです。


誰でも知っているように土地や住宅には固定資産税と言う税金がかかります。でも住宅が建っている土地には優遇税制が適用されていて、税率は低く抑えられています。


ところが空家になっている住宅を取り壊して何もない、いわゆる更地にしてしまうと、優遇税制は適用されなくなるのです。その結果税金は最大6倍まで跳ね上がるのです。


これだけ税金が高くなるとなれば、それを承知で取り壊す人は少ないのではないでしょうか。


したがって、不本意ながら家を放置しておかなければ仕方ないのです。


でもだからと言っていつまでも空き家のまま放置しておくことはできません。取り壊しができないのなら、何とかして有効利用したいものです。


いま地方自治体でも空家対策に力を入れ始めたところもあり、ところによっては改修費用を補助するところも出てきています。


この動き今後は全国的に広めていき、空家対策を強化しなければいけません。でないと、今のまま無策を続けていけば、2030年頃までには実に4軒に1軒が空家になると予想されているのです。


これにはどうしてもストップをかけなければいけません。

2014年9月21日日曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第50回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」第7章「草山さんの死」(その3)

マンハッタン西97丁目 第7章「草山さんの死」(その3)


 目まぐるしいほどのさまざまな出来事に遭遇しながら、修一のニューヨークでの一年間はまたたくまに過ぎていった。

 日本への帰国のその日、冷たい小雨のばらつく空港には山崎と森川が見送りに着てくれた。「大野さん、アッと言うまの一年でしたね。早く日本へ帰れて羨ましいですよ。あなたより早くから来ているぼくでも、後半年も残っているというのに」

 山崎がいつもと同じ調子の明るい声で修一に言った。

 「二人とも羨ましいなあ。時が経つとちゃんと帰れるんだから、ぼくなんか今度日本へ行けるのはいつのことやら」森川は心底二人を羨むように、溜息交じりの口調で言った。

 修一はニューヨークで親しく交友を結んでくれたこの二人に心から感謝の言葉を述べると、まるで名残惜しさを断ち切るように足ばやに出発ゲートへと歩いて行った。
 
 午前十一時丁度、PAL二十一便は爆音を発しながら小雨のケネディ空港を飛び立った。キャビン前方のランプが消え、ようやく座席が水平になったとき、修一の胸にはこの一年のさまざまな思い出が去来した。

 着いた早々から修一を悩ませた下宿の家主エセルの喘息の咳、そして深夜の病院への付き添ったこと。楽しかった山崎をはじめ日本人仲間との交流。帰国に際し、温かい餞別までくれたエールトンの職場仲間。

 人なつっこいコーヒーショップのチャーリーのこと。この上なくかわいそうな末路だった草山さん。そしてエセルの入院で思いがけずもたらされた忘れるに忘れられないバーマとのすばらしい一週間。

 「バーマ、キミは素敵な女性だったよ。ちょっとしゃくだけど、ぼくに似たところのあるという今度のボーイフレンドとうまくいくことを祈るよ」
 修一はそう呟くとシートに深く身を沈めて目を閉じた。

 大野修一、二十五歳、このかけがえのない青春の一ページ。

 飛行機は高度一万メートルの上空を、微かな爆音を轟かせながら一路東京へ、東京へと飛んで行った。
  
(おわり)






 

2014年9月20日土曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第49回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」第7章「草山さんの死」(その2)

マンハッタン西97丁目 第7章「草山さんの死」(その2)


 手紙を読み終えた修一はがっくりと肩を落とした。そして「あーあ!」とニューヨークへ来てから初めてというほどの大きな溜息をついていた。

 「バーマの奴め、いったい何たることだ。こんなに早く新しいボーイフレンドを作るなんて。ぼくと会うまでは何年も恋人なしで過ごしていたというのに。なんという変わり身の早さだろう。しかもその上でシャーシャーとこのぼくにカナダに来いとは、いったい人の気持ちをどう思っているんだ。まったくこれが嘆かずにいられるものか」修一は再び大きな溜息をつきながら呟いた。

 「おいサミー、いったいどうしたというんだ。手紙を見ながら浮かぬ顔をして?」
 キッチンのカウンター越しにチャーリーの屈託のない声が飛んできた。

 「いや別になんでも」修一は慌てて手紙をジャケットの内ポケットに突っ込んだ。うっかり内容を話して、またこの前のジミーのように冷やかされるのはごめんだった。「ちょっと日本の友人に不幸があってね。親しくしていた人だけについ」     
 修一は適当にごまかしてそう言った。

 「そうか、それは気の毒に。早く教会へでも行って祈ってやることだ」 「うんそうするよ」修一は内心を気づかれずによかったと、ホッとしながらチャーリーの店を出た。 歩道に幾重にも重なって落ちている黄色く染まったイチョウの葉を踏みしめながら、「あーあ、これでバーマとのこともすべて終わりか、結局通りすがりのワンサイドラブにすぎなかったのだ」と嘆いて、トボトボとアパートの方へ歩いて行った。そんな修一の肩先をかすめるように、また一枚のイチョウの葉がパサリと音をたてて路上に落ちた。

 歩道のイチョウの木も葉がずいぶんまばらになり、秋もそろそろ終わりを告げ、ときおり肌を刺す冷たい風が吹き始めた頃、修一の日本への帰国の日はあと二週間後に迫っていた。

 そんなある日、職場の修一のところへ突然ニューヨーク市警察から電話がかかってきた。「実は、草山という日本人について尋ねたいのだが、あなたはその人を知っていますね」低音のドスの利いた刑事らしい人の声が受話器の奥から響いた。草山と聞き、前からその身を案じていただけに、もしかして何か悪いことでも?と、一瞬不吉な予感が身をよぎった。

 「ハイよく知っていますが、その草山氏がなにか?」
 「実はIRTの百三十二丁目の地下鉄で日本人らしい男の飛び込み自殺があったんだ。その男の持ち物らしい手帳にあなたの名前とメモがあってね。ホテルエールトン大野修一、八百ドル、四月返済予定とね。あなた以外にも五~六名日本人の名前があったんだよ。それであなたともう一人の人に本人の確認を頼みたくて、こうして電話しているんですよ。至急一番街三十一丁目の死体安置所までご足労願えませんか」 修一は顔面からサッと血の気が引くのが分かった。「

 草山さんが飛び込み自殺!本当ですか、それ。すぐ行きます。それであなたのお名前は?」 「フリードマンです。受付でそう言ってくれればすぐ分かります」
 職場のチーフマックにことわり修一はユニフォームのまま外へ飛び出した。

 玄関前で客待ちのタクシーに慌てて乗り込もうとしている修一を見て、横あいからドアマンのサントスが訛りのある英語で「サミー、ずいぶん慌てているようだけど、いったいどこへ行くんだ?」と尋ねた。修一はそれに「またあとで」とだけ応えると、バタンとドアを閉めた。

 死体安置所へはわずか七~八分で着いた。受付で修一が」フリードマン刑事に会いたい」と言うか言わないうちに、若いポリスは「その階段を上がり、突き当りの右の部屋へ」と即座に応答した。

 たぶん事前に状況を飲み込んでいたらしく、東洋人の修一が慌てて飛び込んできたとき、すでに用件を理解していたのに違いない、と修一は動転した頭の隅でチラッと思った。 ニューヨーク市警もなかなかスマートな対応ができるじゃないか。そんなふうに思って感心した。

 フリードマン刑事は予想したより小柄な男だった。でも肩幅だけはガッチリとしており、たくましい腕を伸ばして修一に握手を求めた。

 事故発生は、そのときから三時間ほど前の午後二時ごろだと言った。身元を示すものがなかなか見つからず、一時間ほど探してようやく期限の切れたクレジットカード数枚の入った財布と小さな手帳が線路腋に落ちていた千切れたジャケットのポケットから見つかったそうだ。 

 「最初はクレジットカードの会社へ身元を問い合わせようと思ったのだけど、なにぶん期限の切れたものばかりなので、そちらの方は時間がかかりそうだと思って、手帳に名前と職場が書いてあったキミの方へ先に連絡したわけなんだよ。すぐ来てくれてありがとう。早速地下の死体安置室へ同行頼むよ」

 フリードマン刑事はそう言うと、エレベーターの方へ向かって歩き出した。修一も黙ってそれに続いた。

 地下の死体安置室は思ったより明るかった。通路を挟んだ両側に大きな業務用冷蔵庫を思わせるような扉のたくさんついたステンレス製の安置庫がズラッと並んでいた。「轢死にしちゃあ意外にきれいな死体でね。たぶん仏さん、飛び込んだ瞬間に線路わきにはじき飛ばされたのだろうな。もっとも右足は膝から下が切断されていたけどな」そう言いながらフリードマンは鍵を開けローラーの付いた安置台のとっ手をグッと引っ張って手前に引き出した。

 かぶせた布の顔の部分をはがすと、まぎれなくそこに真っ白な草山の死顔が現れた。「草山さん、どうしてこんな・・・」修一はかろうじてそれだけ口に出すと、あとはもう言葉にはならなかった。

 「間違いないかね?」フリードマンが無表情で聞いた。「はい、間違いなく草山氏です」修一は動転した気持ちを抑えながら小さい声で応えた。

 「かわいそうにな、この仏さん借金で相当苦しんでいたみたいだ。手帳にはキミの他に十五件近くの借入先が書いてあってね。その金額を合計すると三万ドルにもなるんだぜ。ついに首が回らなくなって、どうしようもなかったのだろう」
 フリードマン刑事はそう言いながら安置台をまた中に押し込んだ。

 心配していたあの草山さんと、まさかこんな形で対面しようとは、修一は夢にも思っていなかった。しかも想像するところ、自殺の原因は借金苦。修一はヨンカーズ競馬場で肩を落として歩いていた草山の姿を思い出していた。

 草山さん、きっと最後まで競馬から足が洗えなかったのだ。三万ドルに近いというその借金も、きっとそのために違いない。七年前、日本を逃げ出すようにしてこのニューヨークへ渡ってきて、またここでも過去の失敗に懲りることなく同じことを繰り返していたとは、哀れだなあ、草山さんも。

 修一はフリードマンの後について死体安置室を出ながら大きく溜息をついた。

 二階の元の部屋へ戻って、差し出された死体身元確認書にサインした。
 フリードマン刑事の「ありがとう。もう帰っていいよ」という声を聴いて外へ出たとき、晩秋の街にはすでに夕闇が迫っていた。

 修一は、草山に対する憐憫の情で、たまらなく悲しい思いを胸にしながら、足どりも重く地下鉄の階段を下りて行った。  

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T.Ohhira エンターテイメントワールド(第48回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」第7章「草山さんの死」(その1)



マンハッタン西97丁目 第7章「草山さんの死」(その1)


 ニューヨークの短い夏はあっという間に過ぎ去っていき、また木の葉の舞う秋がやってきた。

 バーマが帰国してからすでに三ヶ月が過ぎていた。彼女は帰って十日ぐらいたってからロッキー山脈の写ったきれいな絵葉書を送ってきた。それから修一が立て続けに三通の手紙を送り、バーマから二度目の便りが届いたのは晩秋の十月末のことであった。

 修一は遅い朝食をとるためチャーリーのカフェは出かけるとき、一階の郵便受けでそれを見つけ、歩きながら封を開いた。

 「サミーお手紙遅れてゴメンナサイ.その後も元気? 実はわたしこちらへ帰ってから三週間ほど経って、こちらのあるデザイン関係の会社へ就職したの。ほら、そちらでのポスターコンクールで入賞したでしょう。あれで少し自信持っちゃって、帰るとすぐ五つもの会社へアプライしたの。

 そうしたらなんとその中の三つの会社から採用通知がきたのよ。三つも同時に受かってしまって、わたしどこにしようかとすごく迷ったんだけど、結局「カール&スティーブ・デザイン事務所」というところに決めたわ。

 この会社ねえ、お給料は三つの中で二番目だったけど、オフィスが街の中心部にあってとてもきれいなの。それにわたしを面接した人がとても感じが良かったの。それでそこへ決めたわけ。どころがねサミー、入ってみて驚いたわ。面接のときの雰囲気である程度は予想していたのだけど、その忙しさったらないの。勤務時間は週五日の九時から五時までなんだけど、そんなのまるで関係ないの。

 いつも仕事が山ほど待っており、オーバータイムはざらにあるのよ。おまけにオフィスでこなしきれず、休みの日には仕事を家にまで持ち帰る始末で、もうわたしクッタクタ。

 でもねえサミー、コンテストの上位入賞の腕を認めてくれたのかどうかはよく分からないんだけど、入社早々の新人のわたしにいきなりポスター三本もの製作の仕事をくれるなんて嬉しいじゃない。わたし感激して今はその仕事に一生懸命なの。

 そんな訳であなたからは三通もの手紙をもらいながら、今日まで返事が遅れて本当にゴメンナサイ。サミーもその後お変わりない? そちらではすっかりお世話になっちゃって、はっきり言ってサミーが側にいてくれたおかげで、わたしのニューヨークでの生活はずいぶん充実したものになったわ。

 それにあなたはわたしが忘れかけていた男性の優しさについて新たに認識させてくれたわ。本当にありがとう。そうそう、これも書いておかなくちゃ、まだ先週のことなんだけど、わたしねえ、素敵な男性とめぐり逢ったの。

 いま担当しているポスターの広告主の航空会社の人なんでけど、構図の打ち合わせのためにわたしのオフィスへやって来たの。背が高く髪の毛はブロンド、ちょっとロバートレッドフォードに似たところのあるその顔立ちも素敵なんだけど、気にいったのはなんといってもその声としぐさなの。

 低いよく響く声をしていて、喋り方はどちらかと言えばゆっくりしていたわ。話すときどことなく少しモジモジしたところがあって、なんとなくシャイな感じだったの。わたしそのときサミーもわたしと話をするときはこんなふうだったなあ、と思い出したわ。そう思っていたらなぜだかその人がいっぺんに好きになっちゃって、気がついたら二日後の土曜日にデートの約束していたの。

 最初のデートはレストランでランチを食べただけだったのだけど、話せば話すほどその人と気が合いそうなの。歳は三十一歳でわたしより二つ上。離婚歴が一度あるみたいだけど子供は無いし、現在の仕事は航空会社の広告担当サブチーフ。

 どうサミー、この人? わたしって結局サミーのような優しくって少しシャイな男性に惹かれるタイプなのかしら? 

 ところでサミー、こちらへはいつ来るの? あなただってそろそろ日本への帰国が迫っているのではないの? 来るとすれば急がなくちゃあ。サミーがこちらへ着たら、そのとき彼を紹介するわ。あなたと似たところがあるだけにきっと話が合うと思うわ。

 あらあらつまらないことばかり書いてゴメンナサイ。来る日が決まったら早めに知らせてね。じゃあその日を楽しみに待ってます」

 親愛なるフレンド、サミーへ   駆け出しの商業デザイナー バーマより

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わたしの読書記録を全部公開することにした ・ (その14)No.37~No.38(2011年4月~10月)



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2014年9月14日日曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第47回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第6章「ヨンカーズ競馬場 」(その5)



マンハッタン西97丁目 第6章 ヨンカーズ競馬場 (その5)


 バーマの帰国の日は六月の最初の土曜日と決まった。

 修一はその日まで切々たる哀感を胸に秘めながら、結局思ったことは何ひとつ言えなかった。その日はマンハッタンには珍しく、朝から濃い霧が立ち込めており、空はどんよりと曇っていた。灰色の雲と白い霧の中で、いつもなら天を突くようにそびえ立っている摩天楼も、この日はボヤッと霞んで見えるだけだった。

 前の晩、空港まで送っていくと言う修一に、バーマは別れが悲しくなるからバスターミナルまででいい、と言った。

 いよいよその朝が来て、彼女はエセルに長々と別れの挨拶をすると、修一を伴いコロンバス通りまで歩いて行き、そこでタクシーに乗った。走り出してしばらく二人は無言だった。

 わずか数十分後に迫った別れが二人の気持ちをこの上なく重苦しくしていたのか、ポートオーソリティ・バスターミナルに着く二十分間の間に交わした言葉はわずか二言、三言でしかなかった。

 昨夜バーマは「サミー、今度休暇をとってカナダのわたしの家へ遊びに来てね」と言った。それを聞いた修一は「ぼくもこのままキミと別れ別れになってしまうのはたまらないし、近いうちに是非そうするよ」と応えた。

 切々たる胸の内を伝えるために修一はかろうじてそれだけのことを言っただけだった。

 まだ少しも晴れることのない霧の中を、タクシーは普段より幾分スピードを落として走って行き、まもなく八番街の巨大なバスターミナルへ着いた。

 ケネディ空港への直行バスは中ほどの十一番ゲートから出ていた。

 二人はゲート前のベンチの腰を下ろすと黙ってじっと目と目を見つめあった。
 そして別れのキスをと思ったが、修一は人目をはばかってそうすることができなかった。その代わりにそっと右手を出してバーマの手を握り「元気でねバーマ、近いうちに休暇を取って是非キミのところへ遊びに行くから」

 「サミーも元気でね、着いたら手紙書くわ。カナダへはきっと来てね」

 名残惜しそうにそういいながら、まもなくバーマはバスの方へ向かって歩いて行った。

 座席から窓越しに修一を見ていたバーマの目は、この上なく憂いに満ちていて、今にも涙が落ちてくるかに見えた。

 バスが発車したとき、修一はバーマに向かって大きく手を振った。そしてストリートを曲がってその姿が見えなくなっても、長い間ポカンとしてその場所へ立ち尽くしていた。

(第6章 おわり)

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T.Ohhira エンターテイメントワールド(第46回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第6章「ヨンカーズ競馬場 」(その4)



マンハッタン西97丁目 第6章 ヨンカーズ競馬場 (その4)

 その日、修一は五つのレースに賭けて、結果はトータルで十八ドルの負けだった。山崎は、と言うと、この日もまた運の強いところを見せて、最終レースを残したところで百二十ドルほど負けていたのに、その最終レースで一点買いの中穴馬券をみごと的中させ、結果は百十ドルのプラスになっていた。

 配当金の三百ドルを手にしながら「大野さん、十八ドルぐらい負けのうちじゃありませんよ。二人併せれば九十ドルのプラスになりますから良かったじゃないですか。さあ早くマンハッタンに戻って、この九十ドルで寿司バーへでも行きましょう」山崎は明るい大きな声でそう言うと、ポンと修一の肩をたたき、先にたってスタスタと出口の方へ歩いていた。

 修一はそれから二週間ぐらいの間、ずっと草山のことが気にかかった。貸した八百ドルのことも気にならないと言えばウソになるが、それより彼の現在の不遇の身が案じられた。それにしても草山さん、まだ競馬から足が洗えなかったのだろうか。

 過去にそれが元で大きな失敗を犯したというのに。世にバクチで身を滅ぼす人は多いけど、なんとかあの草山さんにはそうなってほしくなかった。娘の教育資金と言ってたあの八百ドルは、ひょっとして競馬につぎ込んだのではないだろうか?
 ここへきて修一はそんな不謹慎な想像さえするようになっていた。

 五月に入りようやくあたりには暖かい春の色が満ちてきた。ニューヨークは緯度で日本の青森と同位置にあり、東京だと春らんまんの四月でも、時折コートを着たいほどの寒い日もあり、この五月に入ってやっと人々は寒さから解放され、安心して外へ出て行けるのである。
 
 修一のニューヨークでの滞在もこの月ですでに八ヶ月目に入っていた。さすがにここまでくると一時感じていた強烈なホームシックからも完全に解き放たれて、最近ではすっかりこちらでの生活が板についてきていた。

 言いかえれば、ここニューヨークの水が修一の口にピッタリ合ってきたのだ。エールトンの職場の同僚とも、近頃では以前にも増して打ち解けてきたし、山崎を中心とした日本人仲間との交流もますます広がっていた。ただ草山について言えば、その後もまったく音沙汰がなく、何の様子も分からないままであった。

 でもこの頃では以前ほど気にしなくなっていた。貸した八百ドルは修一にとって大きいことは大きいが、もし帰ってこなければ、それはそれで昔世話になった人への恩返しと思って諦めよう、とずいぶん執着のない考え方に変わってきていた。それより気になったのはバーマの帰国が迫ってきたことだ。半年の奨学金はこの月で切れ、六月早々に彼女はカナダへ帰っていくのだ。

 思えば冬の初めに知り合って、別れの迫った暖かな春を迎えたこの五月までの半年間はあっという間に過ぎていた。修一のニューヨークでの生活にこの上ない彩りを添えてくれた女性ミス・バーマ・フォスターはあと半月後にはもう居なくなるのだ。そう思うと修一は悲しくて仕方がなかった。

 その日早番の仕事を終えた修一はそんな悲しい思いを胸に秘めながら、このところちょこちょこ通っている八十一丁目のバー、ライブラリーへ足を向けた。いつだったか山崎に教えられたこの店が修一はなんとなく好きだった。

 ライブラリーと言う知的な名前もそうだが、しっくりと落ち着いた内部のインテリアの雰囲気がことのほか気に入っていた。アッパーウエストという土地柄、お世辞にも客層がいいとはいえないが、修一のような東洋人にも気軽に話しかけてくる気のいい連中が客の中に多くいた。


ゲラゲラと笑った。それには応えず黙ってカウンターに座った修一に、ジミーはいつものようにスコッチウォーターをすばやく作って持ってきた。

 「なあサミー、女に振られたって図星だろう。俺だって伊達に二十年もここでバーテンをやっているわけじゃないんだぜ。客の顔色を見りゃーその胸のうちだってピタリと分かるってもんだ」ジミーはそう言いながら背をかがめて修一の顔を覗き込んでニヤッと笑った。 

 「別に振られたわけじゃないけど、ちょっとね」
 「ほらみろ、やっぱり女の問題じゃねえか。振られたんじゃなけりゃー、いったいその女がどうしたって言うんだ?」 「うんジミー、覚えているかなあ、いつだったかここへ一度つれてきたことのあるバーマと言うカナダ人の女の人」

 「ああ覚えているとも、あのデッケー乳の女だろ、ふーん、あれが今お前が胸を痛めている女なのか。それでいったいその女がどうしたって言うんだ?」

 「あの女の人、あと半月たった六月の初めにカナダへ帰って行くんだ」
 「帰っていくたっておまえ、あの女こちへ住んでいたんじゃないのか?」

 「あれっ、言ってなかったかなあ、彼女は絵の勉強で半年間だけこちらへ来ていてね、その半年が今月で過ぎるのだよ」 「なんだそんなことか、じゃー話は簡単だ。口説いてもっと長いこと居らせリャいいじゃないか、もしその女がおまえに気があればきっとそうするぜ」 「それがそうも行かないんだよ。彼女は国から奨学金を貰っている学生でね。その奨学金が今月で切れるもんだから、なにぶん生活の方がね」

 「生活の方って、そんなもんユーが面倒見りゃいいじゃねえか、おまえその女に惚れてるんだろう?」 「そうしたくくてもなジミー、君も知っているだろう。ぼくだって日本からの研修生だということを。そこまでする甲斐性もないんだよ」

 「じゃあしょうがねえ、さっさと帰して、また新しいのを見つけるんだな。女なんて腐るほどいるぜ」ジミーはずいぶんぶっきらぼうな口調でそこまで喋ると、客に呼ばれてカウンターの端のほうへ歩いて行った。

 ーバーマの面倒を見るか。 修一はさっきジミーが言ったことを考えてみた。

 質素な生活が身について彼女のこと、やろうと思えば月千二百ドルの修一の収入で二人の生活が成り立たないこともない。でもあのプライドの高いバーマのこと、仮にそう修一が申し出たところで決して受付はしないだろう。

 それに第一修一に対してそこまでの愛情があるかどうか疑問だ。二人の親密な関係がもっと長ければ別かもしれないが、出会ってまだ半年やそこらではじゅうぶん理解しあっているとは決して言えない。やはりこうしたことをバーマに伝える勇気が修一には出そうになかった。

 席を見渡すとバーテンのジミーはカウンターの端で常連客のネルソンとなにやら楽しそうに話していた。ネルソンも黒人ではあるがジミーほど黒くはなく、頭髪にも黒人特有の縮れは見られなかった。

 二人は話の途中で時々チラッと修一の方へ視線を送っていて、その度に大声で笑っていた。あの二人め、このぼくのことをネタにしているな。ジミーの奴、どうせ話を面白おかしく脚色しているに違いない。

 「サミーの奴、あのでっけーオッパイをしたカナダの女に逃げられたんだってよ」とかなんとか。 また一段と大きな二人の笑い声の後で、ネルソンが修一の方を見て、突然大声を出してなにやら日本語らしき言葉を発した。

 「ヘイサミー、オ○○カしたい!」むかし軍隊で日本の佐世保に居たことがあるというネルソンは、修一の顔を見るといつも面白がってこの卑猥な響きをもつ日本語らしき言葉を口にするのだ。それも肝心なところの「コ」が「カ」に変わっているものだから、聞くたびに修一は苦笑させられた。

 そんなことがあった後、ジミーがネルソンのおごりだと言ってスコッチのグラスを持ってきた。修一は右手でそのグラスを高々と持ち上げて、この憎めない男ネルソンに感謝の意を表した。

次回  9月13日日)


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2014年9月10日水曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第45回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第6章「ヨンカーズ競馬場 」(その3)



マンハッタン西97丁目 第6章 ヨンカーズ競馬場 (その3)


 第五レースが終わったところで二人は軽食でもとろう、と席を立ち通路の奥にあるホットドッグスタンドの前にやってきた。第五レースで修一の買った二ー六の複式馬券が的中した。

 フィリオンの騎乗した馬が二着に入り、三番人気の馬と絡めたこの馬券には十二ドル五十セントの配当がついた。修一はその馬券を三枚買っていたので、配当金はしめて三十七ドル五十セント、それから四レースと第五レースで負けた二十ドルを差し引くと十七ドル五十セントのプラスであった。逆に山崎はこの日まだ一レースしか当てておらず、三十ドルあまりのマイナスであった。

 「大野さん、初めてにしては上出来ですよ。ぼくが初めてのときなんか最初の四~五レースは一度もあたらなかったのですからね」 「これも山崎さんのアドバイスのおかげですよ。ホットドッグとコーヒー、ぼくがおごります」

 二人はホットドッグをほうばり、熱いコーヒーをすすりながら次のレースについて放していた。
 「オヤッ、あの人!}山崎が前方を通り過ぎる人を目で追いながら突然小さく叫んだ 「あの人って?」修一もすぐその方へ目をやった。

 「アッ、草山さんだ!」前方十メートルほどのところを腋に新聞を挟んで、ややうつむき加減に歩いているのは確かにあの草山さんだ。

 「大野さん、ぼく行って呼んできますよ」山崎がそういって彼の歩いている方へ行こうとしたので「山崎さんちょっと待って」と、修一は慌てて彼の肩を押さえた。
 「どうしてですか?大野さん。草山さんとは昔なじみなんでしょう?」

 「ええ、それはそうなんですけど、今はちょっとまずいんです。事情があって」

修一は八百ドル貸した日の彼のことを思い出していた。あれからもう四ヶ月以上経つというのに、草山からはその後何の連絡もないのだ。確か彼は、借りたお金は三ヶ月以内に返すと言ったはずである。その期限はもうとっくに過ぎている。

でもその約束も約束だが、あの日から一度も修一に連絡がないということが解せなかった。何度かこちらから連絡を取ってみようかとも思ったのだが、なにか貸したお金の催促のように思われてもと、あえてそれもしなかったのだ。でも三ヶ月を過ぎた頃、一度だけ彼の職場へ電話してみた。でもその日あいにく彼は仕事を休んでいたのだ。

はて、家の電話番号は?と、手帳を繰ってそれを見つけ、そこへも電話してみたが、十回ぐらいベルを鳴らしたが誰も応答に出なかった。その後も何度か職場へ電話してみようとは思ったのだが、いつも実行の段階になると躊躇した。

 まあいいか、そのうち連絡があるだろう、そう思っているうちに、またたく間に四ヶ月が過ぎたのである。

 「大野さんどうかしたのですか。 深刻な顔をして、さっきからいったい何を考えているのですか?」 草山の姿を見たとたんに黙り込んだ修一を見て、山崎が怪訝そうに尋ねた。「ああ、どうもごめんなさい。ちょっと草山さんのことでね。そう言えば山崎さんも彼を知ってたのですね」 

「ええ、知ってますとも。今はもういないそうでうが、彼の勤めていた日本レストランへはよく行っていたものですからね。それに大野さんがエールトンにいることを彼に教えたのはこのぼくですからね」
 「ああ、そうでしてね。ついうっかりしていました。でも山崎さん、いま確か彼はもうそこへいない、って言いましたね。それは?」

 「大野さん知らなかったのですか。彼は先月であのレストランを辞めたそうですよ」 「えっ、辞めたのですか。あの『将軍』って店を、でも急にどうしてですか?」

 「ぼくも先週あの店へ行って聞いたばかりなので、詳しいことは知りませんが、何かプライベートなことで問題があったのではないでしょうか。 それにしても大野さんはまだあの店へ入ってなかったのですか?」 

「ええ、そのうち一度とは思っていたのですが、つい行きそびれてしまって」  修一は草山が勤め先を辞めたと聞き、約束の返済期日をオーバーしている彼への貸付金のことが気になった。

 「山崎さん、それで彼は今度はどこへ勤めているのですか?」 「ええ、ぼくもそれを店の人に聞いたのですが、誰も知らないようでした。なにしろそれまで居た家も引き払っているそうですからね」家まで引き払っていると聴いて、修一の驚きは増した。そしてその思いは、草山に関する過去の記憶と次第にオーバーラップしていき、いま彼はのっぴきならない不遇の身であるのではないか、と思えたきた。
 
ついさっき、この競馬場で彼の姿を見たことで、修一には余計そう思えた。

 「大野さん、この話しはまたにして、そろそろスタンドへ戻りましょうか」山崎はコーヒーを飲み終え、時計を見ながら修一を促した。

 観覧席に戻った後も、修一にはまだ草山のことが気になっていて、次のレースの出走表を目にした時にも、気はそぞろで集中することができなかった。

 「山崎さん、今度の六レースはぼくバスしますよ」 「そうですか。まあ新人はあまり入れ込まないで、それぐらいがいいかも知れませんね。じゃあぼくだけ行ってきます」山崎は、さも何もなかったかのように、そう言うとそそくさと席を立ち馬券売り場の方へ歩いていった。

 さっき草山を追おうとした山崎を止めなければよかったのだろうか? でもあの時はまだ彼が勤め先を辞めたことは知らなかったのだし、それに、もし彼を捕まえたにしろ、不遇にある今、どうしてお金を返せと言えようか。

 やはりそっとしていてあげて、彼からの連絡を待つしかない。修一はそんなふうに自分の気持ちを整理しながら、ぼんやりとしてスタンドの下のほうを見つめていた。

(つづく)次回  9月13日(土)


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