2014年9月6日土曜日

T.Ohhira エンターテイメントワールド(第43回) ・ 小説 「マンハッタン西97丁目」 第6章「ヨンカーズ競馬場 」(その1



マンハッタン西97丁目 第6章 ヨンカーズ競馬場 (その1)

 
  修一はその日十八番街のポートオーソリティバスターミナルの十九番ゲートでヨンカーズ競馬場行きのバスを待っていた。

 三日前、職場へ山崎からひょこっと電話があって、話しているうちにひょんなことから彼と競馬場へ出向くことになったのだ。

 「ところで大野さん、こちらへ来て競馬をやったことはありますか?」山崎は会話の中で唐突に尋ねた。「いいえ、まだやったことはありませんけど」 「そうでしょうねえ、実は大野さん、ぼくは先週のヨンカーズのレースで三千四百ドルの大穴を当てたんですよ。

デイリーダブルと言って、その日の第一レースと第二レースの一着馬を当てるのがあるのですけど、ぼくの買った三ー六の馬券が見事的中したのですよ」 「へぇー、三千四百ドルもねえ。すごいですね。でも山崎さんが競馬をやっているとは知らなかったなあ」 「やると言っていいかどうか、なにしろこちらへ来て二年のうちに僅か四~五回通っただけですからね。

 昼間だとちょっと行けないのですけど、なにしろこちらの競馬場はナイターですからね」 「えっ、ナイターって? 馬の走るあの競馬が夜あるのですか?」 「あれっ、大野さん知らなかったのですか。ヨンカーズ競馬場では、いつもウィークデイの夜に開催されているんですよ。先日も仕事を終えた後、同僚二人と行ってきたんです」

 修一は競馬の知識はもともとあまり持ち合わせていなかったのだが、まさかレースが夜行われるとはこれまで想像もしていなかった。こんなことにまで日本と比べて大きな違いがあるのには大きな驚きであった。ナイター競馬か。ちょっと面白そうだな。不意にそう思った修一は、山崎にぜひ一度そこへ連れて行くように頼んだ。

 先日のラッキーにすっかり気をよくしていた山崎はふたつ返事で「OK]と言ってくれ、早速次の週の水曜日ぐらいはどうか、とその場で日取りまで決めてしまった。そして自分はオフィスに近い五九丁目でバスに乗るけど、あなたはエールトンからそれほど距離のないポートオーソリティバスターミナルで乗ったほうがいいでしょう、と修一に指示したのであった。

 その日四時に仕事を終えた修一は、すばやく身支度を整えると、山崎が指示した八番街のバスターミナルへ向かった。発車ゲートでしばらく待ったあと、やがてやってきたバスに勢いよく乗り込んだ。 

 修一と同時に七~八人の男性が乗りこんだが、彼らはみな手にタブロイド紙を持っており、席に着くや否や食い入るようにその紙面を見ていた。それがその日のレースの予想紙であるということを修一はバスが発車した後で気づいた。 そうか、競馬に行くにはこれが要るんだ。 でも今日はいいか、初めてのことだし、それにたいしたお金を賭けるわけでもないし、どうしても必要なら向こうへ着いて買えばいいだろう。

 修一はそう考えながら、山崎が乗り込んでくるはずの五九丁目にバスが着くのを待った。パーク街五九丁目のバス停では五~六人の人が乗車したが、その先頭に山崎がいた。

 「やあ大野さん、やっぱり来たんですね。ひょっとして気でも変わってこないんじゃないかと心配していたんですよ。よかった、よかった。ハイ、これ今日のレースの予想紙」山崎は席に着くとすぐ手にしていた二部の新聞のうち一部を修一に渡した。「これはすいません。ぼくうっかりしていて、乗る前に買うのを忘れていて」
 
 「たぶんそんなことだと思って二部用意してきたんですよ。実を言うと、このぼくもさいしょのときはそうでして、同僚に見せてもらったぐらいですからね」

 山崎は笑いながら屈託なく応えた。その後バスは五~六ヶ所の停留所で客を乗せて、アップタウンのハーレムを過ぎる頃にはほぼ満席になっていた。

 「それにしても山崎さん、先日の三千四百ドルというのはすごいですね。当たったときはずいぶん興奮したでしょう?」 「興奮どころじゃないですy。お金を受け取るときは、思わず手がブルブル震えましたよ。ほらこんなふうに」山崎はそういいながらその場面を再現するかのように、両手を前に突き出して、わざとそれを上下に揺すって見せ、修一を笑わせた。
 
 「でもその日、一緒に行った同僚が二人とも負けていましてね。帰りのちょっと高級なナイトクラブへ行き、その支払いをぼくがしたので、あらかた半分ぐらいは消えてしまいました。残ったお金のうち五百ドルが今夜の軍資金ですよ」

 「へえー、五百ドルも。今日だけでそんなに遣うのですか?」
 「まあね」どうせ勝ったお金だし、」それに競馬をするんだったらこれぐらい遣わなくちゃ妙味はありませんよ。でも大野さんはそんなに賭けては駄目ですよ。なにしろ初心者なんだし、まだよく分からないんだし」 「そんな心配は要りませんよ。なにしろポケットには二百ドルぐらいしかありませんから」そう言いながらも、修一は今日競馬につかうのはこの半分がいいとこだろう、と胸の内で考えていた。

 「そうそう、言い忘れていましたがヨンカーズのレースは普通のレースとは違って、トロッティングレースというやつなんですよ」 「トロッティングレースって?」

 「馬の走り方にはトロット走法というのがあって、普通の競馬の走り方とは違って、左右の足を交互に出す走り方です。

 これだとスピードはあまり出ないんですが、うしろに騎手が乗るトロッコのような車をつけて走るものですから、時々その車輪が相手のものとぶつかったりすることがあったりして、お互いに走行が邪魔され、普通の競馬に比べると穴が出やすいんですよ」 

「へぇー、そうなんですか。それはおもしろそうだなあ。この前山崎さんが取った穴馬券もその口ですか?」「いいえ、あの時は違います。大穴が出たとはいえ、何のトラブルもないずいぶんすんなりとしたレースでしたよ」

(つづく)次回  9月7日(日)


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